武訓 / 下・第4段
義貞軍記曰、曾我祐成時宗が、親の敵を打ちしと、後輩これを學ぶべからず。若、成人の後、かくのごとく、年を送りて、いかなる橫死にも逢ひなば、永く本意を空しくして、家の疵なるべし。只、親の敵をばのがすべからず。機嫌をも計るべからず。即時に押寄せて、勝負を決すべし。敵運あらば、我が命を捨てたらんと、達しぬとす。篤信謂、此の說、近世の儒、亦、是をよしとする者あり。我おもふに、しからず。父の讎ある者は、本意をとぐるを主とす。兵法に、謀を專として、勝つことをとるにおなじ。敵のちから士卒の多少、たとひ、我とひとしき者なりとも、必、用意をなし、謀をこのんで、事をなしとげんとこそ、君子の本意ならめ。敵と我との强弱をはからず、只、即時に押よせて、なまじひに、卒爾のはたらきして、しそんじたらば、本意をとげずして、人の物わらひとぞなるべき。
新字:義貞軍記曰、曽我祐成時宗が、親の敵を打ちしと、後輩これを学ぶべからず。若、成人の後、かくのごとく、年を送りて、いかなる横死にも逢ひなば、永く本意を空しくして、家の疵なるべし。只、親の敵をばのがすべからず。機嫌をも計るべからず。即時に押寄せて、勝負を決すべし。敵運あらば、我が命を捨てたらんと、達しぬとす。篤信謂、此の説、近世の儒、亦、是をよしとする者あり。我おもふに、しからず。父の讎ある者は、本意をとぐるを主とす。兵法に、謀を専として、勝つことをとるにおなじ。敵のちから士卒の多少、たとひ、我とひとしき者なりとも、必、用意をなし、謀をこのんで、事をなしとげんとこそ、君子の本意ならめ。敵と我との強弱をはからず、只、即時に押よせて、なまじひに、卒爾のはたらきして、しそんじたらば、本意をとげずして、人の物わらひとぞなるべき。
書き下し
義貞軍記曰、曾我祐成時宗が、親の敵を打ちしと、後輩これを學ぶべからず。若、成人の後、かくのごとく、年を送りて、いかなる橫死にも逢ひなば、永く本意を空しくして、家の疵なるべし。只、親の敵をばのがすべからず。機嫌をも計るべからず。即時に押寄せて、勝負を決すべし。敵運あらば、我が命を捨てたらんと、達しぬとす。篤信謂、此の說、近世の儒、亦、是をよしとする者あり。我おもふに、しからず。父の讎ある者は、本意をとぐるを主とす。兵法に、謀を專として、勝つことをとるにおなじ。敵のちから士卒の多少、たとひ、我とひとしき者なりとも、必、用意をなし、謀をこのんで、事をなしとげんとこそ、君子の本意ならめ。敵と我との强弱をはからず、只、即時に押よせて、なまじひに、卒爾のはたらきして、しそんじたらば、本意をとげずして、人の物わらひとぞなるべき。
現代語訳
『義貞軍記』には、「曾我祐成・時宗が親の敵を討ったことを、後輩は学んではならない。もし成人の後に、こうして年を送り、どんな横死に遭ったら、永く本意を空しくして、家の疵となるだろう。ただ、親の敵は逃してはならない。機会をうかがってもならない。即座に押し寄せて、勝負を決めるべきである。敵に運があれば、自分の命を捨てたことで、仇討ちは達したものとする」とあります。篤信(益軒)は思います。この説は、近世の儒者にも、これをよしとする者があります。私が思うに、そうではありません。父の仇のある者は、本意を遂げることを主とします。兵法で謀を専らとして、勝つことを取るのと同じです。敵の力や士卒の多少が、たとえ自分と等しい者であっても、必ず用意をして、謀を好んで事を成し遂げようとするのが、君子の本意でしょう。敵と自分の強弱を計らず、ただ即座に押し寄せて、なまじ軽率に動いて失敗すれば、本意を遂げずに、人の物笑いになるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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