武訓 / 上・第34段
事の行ひて宜しききはを思ひきり、いさみてよくつとむれば、義行はれて、あやまりなく、後悔なし。かゝることのさかひのきはを、心をこたりゆるびてつとめざれば、不義となり、おくれとなり、後悔すれどもかひなし。是、義を見てせざるは勇なきなり。
書き下し
事の行ひて宜しききはを思ひきり、いさみてよくつとむれば、義行はれて、あやまりなく、後悔なし。かゝることのさかひのきはを、心をこたりゆるびてつとめざれば、不義となり、おくれとなり、後悔すれどもかひなし。是、義を見てせざるは勇なきなり。
現代語訳
物事を行うのにふさわしい際を思い切り、勇んでよくつとめれば、義が行われて過ちがなく、後悔もありません。こうしたことの境の際に、心が怠りゆるんでつとめなければ、不義となり、後れとなり、後悔してもかいがありません。これが「義を見てせざるは勇なきなり」ということです。
解説
行うべき際をつかんで思い切る、という決断の瞬間を述べた短い段です。ふさわしい際を思い切り、勇んでつとめれば、義が行われて後悔がなく、そこで怠ればあとで悔いても遅いと言います。結びの「義を見てせざるは勇なきなり」は、論語に由来する有名な言葉で、ここでは本文の中でそのまま引かれています。分かっていながら動かない、という失敗は、仕事の場ではよく見られます。改善すべき点を知りながら着手しない、部下に伝えるべきことを後回しにするといった場面がそれに当たります。動くべき際を見極め、先送りを断つことが、後悔を減らす最も確かな手段です。
この章句が説くこと
決断先送り義を見てせざるは勇なきなり後悔際武訓
関連する章句
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『文武訓』武訓上一事の行ひて宜しききはを思ひきり、いさみてよくつとむれば、義行はれてあやまりなく後悔なし。かかる事のさかひのきはを、心おこたりゆるびてつとめざれば、不義となりおくれとなり、後悔すれどもかひなし。是義を見てせざるは勇なきなり。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一衆人の行ふわざは、かねて思案なく、又事にのぞみては慮もなく、はやく決定するゆゑに、毎事あやまり多くして、後悔すれどもそれにも懲りず、つねに事ごとにかくの如し。一事あるごとに、必後のあやまり、悔あらん事をおそれ、しづかに思慮して行ふべし。何の害かあるべきと思ひ、思慮もなく、其まま決定すべからず。もし即時にきはめがたくば、重てよく思案して行ふべし。事にあたりて十分に道理にかなひ、此上は思案に及ばずと思ふとも、又いかなる悪しき事もあらんかと猶予して、俄に決断すべからず。是あやまちすくなく、悔すくなくする道なり。思慮して、善悪をよく明めたらば、必決断して、猶予なく行ふべし。思慮して、理明かになりても、決断つよからざれば行はれず。悠々としてむなしく時を過すはあしし。所謂、義を見て為さざるは勇無きなり。思慮と決断との二そなはりてよし。思慮なくして、みだりに早く決断すればあやまる。是不智なり。思慮して道理はわかれぬれど悠々として時を失ふは、おこたりなり。是勇無きなり。二の者はいづれも悔あり。
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『武訓』上・第26段勇にあやまる人は、死すべからずして死す。是、仁にそむきて、生をかろんず、孝にあらず。勇なき人は、死すべくして死なず。是、義にそむきて、生をしみ、恥をしらず、忠にあらず。
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『武訓』下・第31段かゝるには、さきにすゝむを勇とし、引くには、あとにおくるゝを勇とす。されども、進むに先にあるは、猶もやすし。退くにあとにあるは、甚かたし。
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『武訓』上・第13段士たる者、戰にのぞんで、身をすつることはかたからず。血氣の勇は、盜賊もよくするものなり。只、身をすてゝ、義にかなふことかたし。故に、死ぬべからずして死ぬるは、是、其の身をかろんず。父母よりうけし身をいたづらにするは、不孝なり。死ぬべくして死なざるは、是、其の死をおそれ、命をしみて君の爲にせず、不忠なり。是、李太白が言なり。年わかく血氣さかんなる人、勇をたのまば、忠孝の道をしりて、生死、只、義にかなふべし。學問なければ、忠孝の道をしらず。死ぬべくして死なず。いやしむべし。死ぬべからずして死ぬ。かなしむべし。勇怯ことなれども、義理にそむけることは一なり。武士は、學問して義理をしれば、死生する理にかなふ。
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