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武訓 / 上・第33段

國語といへる古書に、三時は農をつとめ、一時は武をならふといへり。いふ意は、田をつくる農人は、春夏秋の三時は、田圃をつとめてつくる故、隙なし。冬は田作をはる故、閑にして隙あり。山野にいてゝ、狩をして、軍陣の法をまなぶ。是、一時は武をならふなり。士も、三時は、民のひまをうばはず。農は、春は耕し、夏はくさとり、秋は田畠に出來たる穀をかりをさむ。此の三時のひまををしみてつかふべからず。古人は、治世にも武をわすれず、農隙には、年ごとに武をならふ。後世は、亂世にあらざれば、武の學びなし。抑、弓馬劔戟は、ことに、まなんで其の術をしるべし。是藝なれば、しらずんばあるべからず。然れども、是をならふを以て、武の學とするは末なり。

新字:国語といへる古書に、三時は農をつとめ、一時は武をならふといへり。いふ意は、田をつくる農人は、春夏秋の三時は、田圃をつとめてつくる故、隙なし。冬は田作をはる故、閑にして隙あり。山野にいてゝ、狩をして、軍陣の法をまなぶ。是、一時は武をならふなり。士も、三時は、民のひまをうばはず。農は、春は耕し、夏はくさとり、秋は田畠に出来たる穀をかりをさむ。此の三時のひまををしみてつかふべからず。古人は、治世にも武をわすれず、農隙には、年ごとに武をならふ。後世は、乱世にあらざれば、武の学びなし。抑、弓馬剣戟は、ことに、まなんで其の術をしるべし。是芸なれば、しらずんばあるべからず。然れども、是をならふを以て、武の学とするは末なり。

書き下し

國語といへる古書に、三時は農をつとめ、一時は武をならふといへり。いふ意は、田をつくる農人は、春夏秋の三時は、田圃をつとめてつくる故、隙なし。冬は田作をはる故、閑にして隙あり。山野にいてゝ、狩をして、軍陣の法をまなぶ。是、一時は武をならふなり。士も、三時は、民のひまをうばはず。農は、春は耕し、夏はくさとり、秋は田畠に出來たる穀をかりをさむ。此の三時のひまををしみてつかふべからず。古人は、治世にも武をわすれず、農隙には、年ごとに武をならふ。後世は、亂世にあらざれば、武の學びなし。抑、弓馬劔戟は、ことに、まなんで其の術をしるべし。是藝なれば、しらずんばあるべからず。然れども、是をならふを以て、武の學とするは末なり。

現代語訳

『国語』という古書に、「三時は農につとめ、一時は武をならう」とあります。その意味は、田をつくる農民は、春・夏・秋の三つの季節は田畑につとめてつくるので、暇がありません。冬は田作りを終えるので、閑になって暇があります。山野に出て狩りをし、軍陣の法を学びます。これが一時に武をならうということです。士も、三つの季節は、民の暇を奪ってはいけません。農民は、春は耕し、夏は草を取り、秋は田畑にできた穀物を刈り収めます。この三つの季節の暇を、惜しんで使ってはなりません。古人は、治世にも武を忘れず、農閑期には毎年武をならいました。後世は、乱世でなければ、武を学ぶことがありません。そもそも、弓・馬・剣・戟は、特に学んで、その術を知るべきです。これは芸なので、知らなくてはいけません。しかし、これを習うことを武の学とするのは、末です。

解説

『国語』の「三時は農、一時は武」を引いて、武の学び方を説く段です。農民は春夏秋は忙しく、冬の農閑期に狩りを通して軍陣の法を学びました。益軒は、士も農民の暇を奪うべきではないとし、治世でも武を忘れなかった古人の姿勢を示します。弓馬剣戟の術は知るべき芸でありながら、それを習うことが武の学のすべてではなく、末だとも述べます。仕事に置き換えれば、繁忙期を避けて学びの時間を確保することや、技能の習得と、判断力や人間力の養いを区別することが、人材育成の要点になります。

この章句が説くこと

農閑期平時の備え武芸末育成の時期武訓

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