武訓 / 上・第30段
勇をこのむ者、其の中を得れば正氣とす。君子の勇なり。中に過れば客氣なり。うは氣なるは、士氣にあらず。是、小人の勇なり。正氣は、よく事を成就す。客氣は、必、事をしそんずるものなり。
新字:勇をこのむ者、其の中を得れば正気とす。君子の勇なり。中に過れば客気なり。うは気なるは、士気にあらず。是、小人の勇なり。正気は、よく事を成就す。客気は、必、事をしそんずるものなり。
書き下し
勇をこのむ者、其の中を得れば正氣とす。君子の勇なり。中に過れば客氣なり。うは氣なるは、士氣にあらず。是、小人の勇なり。正氣は、よく事を成就す。客氣は、必、事をしそんずるものなり。
現代語訳
勇を好む者は、その中を得れば正気とします。君子の勇です。中を過ぎれば客気です。うわついた気は、士気ではありません。これは小人の勇です。正気は、よく事を成し遂げます。客気は、必ず事をしそこなうものです。
解説
前の段を受けて、勇を中庸という観点から述べています。勇は多すぎても少なすぎてもよくなく、中を得たものが正気で、過ぎたものが客気だとされます。正気はよく事を成し、客気は必ず事を損なうという、はっきりした言い切りが特徴です。益軒がここで重んじているのは、勇の量よりも、事を成し遂げられるかどうかという結果と、釣り合いの取れた働きです。いまの仕事でも、勢いだけの提案や、背伸びしすぎた約束は、成果より手戻りを生みがちです。熱意を持ちながら、過不足を点検する冷静さが要ります。
この章句が説くこと
正気客気中庸勇成果武訓
関連する章句
-
『文武訓』武訓上一勇をこのむ者、其中を得れば正気とす、君子の勇なり、士気なり。中に過れば客気なうは気なるは士気にあらず。是小人の勇なり。正気はよく事を成就す。客気は必ず事を仕損ずるものなり。一外は勇あるやうに見えて、内心つたなき人あり。外面はつたなく、俄の事にあひて、臆したるやうに見ゆる人あり。心定りて後に勇いでくるものなり。是気よわく心つよきなり。外愚に見えて、内明なる人あり。外明にして内くらき人あり。人の生れつきには色々くせあり。其心を知らで、くせを以て其人を見あやまることなかれ。一呂氏春秋に曰く、亡国の主は、必ず自ら驕り、必ず自ら智とし、必ず物を軽んず。といへり。織田信長の亡び給ふも亦斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其功を立て敵を亡し給ふも、多くは不義にあらず。
-
『慎思録』巻之六左伝に晋の随武子曰く、可を見て進み、難きを知りて退くは、軍の善政なりと。蓋し兵を用ゐるの道は、進退に度有り。度を失へば則ち不可なり。夫れ進むべからずして進み、退くべくして退かざるは、是れ勇者の事、太過と為すべし。我が国俗の貴ぶ所なり。然り而して法の禁ずる所なり。軍に利あらざるに由るなり。進むべくして進まず、退くべからずして退く者は、是れ怯者の事、不及と為すべし。国俗の賤しむ所、是れ亦法の禁ずる所にして、戦ひに利あらず。四者は勇怯同じからずと雖も、然れども兵を用ゐるに害有るは則ち一なり。
-
『文武訓』武訓下一左伝に、晋の随武子が曰く、可を見て進む。難を知りて退く。軍の善政なり。凡兵を用ふるに、進も退も度あり。度を失へばやぶる。進むべからずして進み、退くべからずして退くは、度を失ふなり。進むべくして進まず、退くべくして退かず。是亦度をうしなふなり。一敵陣にむかつては、進むべくして進み、退くべくして退く、是和語に、かかるも引くも折によるといふが如し。戦の道、進退によき節あり。勇者は進むべからずして進み、退くべくして退かず。是軍法の禁ずる所なり。大過とす。進むべくして進まず、退くべからずして退くは、是怯者のしわざなり、不及とす。是亦軍法の禁ずる所なり。進むべからずして進み、退くべくして退かず、進むべくして進まず、退くべからずして退く。此四のものは勇怯同じからざれども、ともに軍法に害あり。軍法にしたがひては、勇者もひとり進まず、怯者もひとり退かず。皆力を一にするは、良将の兵なり。一かかるにはさきにすすむを勇とし、引くにはあとにおくるるを勇とす。されども進むに先にあるは猶もやすし。退くにあとにあるは甚かたし。
-
『弁名』勇武剛强毅然れども君子は将たる者なり。其の勇豈に武夫兵卒の比ならんや。是れ其の勇を養ひ其の徳を成す所以の者は、必ず仁に於いてし、必ず礼義に於いてす。故に孔子曰く「仁者は必ず勇有り」と。子路勇を上ぶかと問へば、則ち答ふるに義を上ぶを以てす。又た曰く「勇にして礼無ければ則ち乱る」と。晋の将を選ぶに、郤縠は詩書に敦きを以て選ばる。伝に曰く「勇敢強有力なる者は、天下事無ければ、則ち之を礼義に用ひ、天下事有れば、則ち之を戦勝に用ふ。之を戦勝に用ふれば則ち敵無く、之を礼義に用ふれば則ち順治す。外に敵無く、内に順治す、此を之れ盛徳と謂ふ」と。古の道は爾りと為す。子思の中庸を作るに及びて、知仁勇を以て三達徳と為し、専ら之を学問の道に用ふ。是れ或いは一道なり。戦国よりして後、文武其の術を殊にし、秦漢よりして後、文武其の官を殊にし、唐宋よりして後、又た其の政を殊にす。故に今の学者習ひて以て常と為し、武は逢掖の事に非ずと謂ひて、古の意隠る。遂に子思の言を執りて、儒者の勇は専ら之を学問に用ふる者と謂ふ。是れ一を執りて百を廃する者なり。学者諸を察せよ。
-
『翁問答』下卷之本まへかどにも論ずる如く、正真の学問をよくつとめて悟りぬれば、仁義の勇あきらかになりて必分別よくなるなり、それも師匠と学問の仕様とによく吟味あるべき事なり、中庸に曰、人一たびして之を能くすれば己之を百たびし、人十たびして之を能くすれば己之を千たびす、果して此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん、この聖謨の意は篤く天地の神道に志し明徳をあきらかにする工夫をはげましつとめ行へば必さとりをひらき、うまれつき愚痴にして迷ひ深きものも、本心の良知あきらかになれり、生れつきぬるくにかたなる人も、必ず本心仁義の勇あきらかになりて、武篇よきとの義なり、
-
『大和俗訓』巻之一・為学上一凡君子の学問は、知仁勇の三徳を本とし、五倫をあつくするを道とす。知仁勇は五倫の道を行ふ心の徳なり。知は五倫の道をしり、仁は五倫の道を身にたもち行ひ、勇はつとめて知り、つとめて行ふ。知るも行ふも、勇を以てつとむ。君子の学問をするに、其心法とするは三徳なり。行ふべき道とするは五倫なり。三徳と五常とは理同じ。五常はむまれつきたる性なり。三徳は学問をする心法なり。五常をつづめていへり。
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る