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武訓 / 上・第32段

呂氏春秋曰、亡國之主、必自驕、必自智、輕物といへり。織田信長の亡び給ふも、亦、斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其の功を立て、敵を亡ぼし給ふも、多くは、不義にあらず。只、うらむらくは、みづからをごりて、士をあなどり給ひし故、明智がうらみおこる。自智ありとして、われひとりの智を用ひ、いさめをふせぎ給ひし故、平手中務いさめかねて自殺す。物をかろんじ給ひし故、敵をあなどりて、おそれず、用心なくして、京都本能寺の要害なき所に、小勢にて留まり給ひし故、明智其の備なきをうかゞひしりて、不意によせ來りしかば、ふせぎがたくて、弑せられ給ふ。理にあたれる古人のことば、必、差はず。

新字:呂氏春秋曰、亡国之主、必自驕、必自智、軽物といへり。織田信長の亡び給ふも、亦、斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其の功を立て、敵を亡ぼし給ふも、多くは、不義にあらず。只、うらむらくは、みづからをごりて、士をあなどり給ひし故、明智がうらみおこる。自智ありとして、われひとりの智を用ひ、いさめをふせぎ給ひし故、平手中務いさめかねて自殺す。物をかろんじ給ひし故、敵をあなどりて、おそれず、用心なくして、京都本能寺の要害なき所に、小勢にて留まり給ひし故、明智其の備なきをうかゞひしりて、不意によせ来りしかば、ふせぎがたくて、弑せられ給ふ。理にあたれる古人のことば、必、差はず。

書き下し

呂氏春秋曰、亡國之主、必自驕、必自智、輕物といへり。織田信長の亡び給ふも、亦、斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其の功を立て、敵を亡ぼし給ふも、多くは、不義にあらず。只、うらむらくは、みづからをごりて、士をあなどり給ひし故、明智がうらみおこる。自智ありとして、われひとりの智を用ひ、いさめをふせぎ給ひし故、平手中務いさめかねて自殺す。物をかろんじ給ひし故、敵をあなどりて、おそれず、用心なくして、京都本能寺の要害なき所に、小勢にて留まり給ひし故、明智其の備なきをうかゞひしりて、不意によせ來りしかば、ふせぎがたくて、弑せられ給ふ。理にあたれる古人のことば、必、差はず。

現代語訳

『呂氏春秋』に「亡国の主は、必ず自らおごり、必ず自ら賢いとし、物を軽んじる」とあります。織田信長が亡びなさったのも、またこのとおりです。信長公は、武勇は古今にすぐれ、手柄を立て、敵を亡ぼしなさったのも、多くは不義によるものではありません。ただ、残念なことには、ご自身がおごって、家臣を侮りなさったので、明智に恨みが生じました。自分に智があるとして、ご自分ひとりの智を用い、諫めを防ぎなさったので、平手中務が諫めかねて自殺しました。物を軽んじなさったので、敵を侮って恐れず、用心がなく、京都本能寺の要害のない場所に少人数でとどまりなさったので、明智がその備えのないことをうかがい知り、不意に攻め寄せてきたため、防ぎがたく、弑せられなさいました。理にかなった古人の言葉は、必ず外れません。

解説

『呂氏春秋』の言葉を信長の最期に当てはめて読む段です。自らおごること、自らの智を恃むこと、物を軽んじることの三つが、それぞれ明智の恨み、平手中務の自殺、本能寺での油断と結びつけて説明されています。益軒は信長の武勇や功を認めながらも、傲慢さが招いた結果を冷静に述べます。成功した経営者が、実績ゆえに周囲の諫言を聞かなくなり、備えを怠るという構図は、現代の企業にも珍しくありません。実績が増えるほど、意見を言ってくれる人を遠ざけていないか、点検する価値があります。

この章句が説くこと

おごり諫言油断信長呂氏春秋武訓

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