文武訓 / 武訓上
一勇をこのむ者、其中を得れば正氣とす、君子の勇なり、士氣なり。中に過れば客氣なうは氣なるは士氣にあらず。是小人の勇なり。正氣はよく事を成就す。客氣は必ず事を仕損ずるものなり。一外は勇あるやうに見えて、內心つたなき人あり。外面はつたなく、俄の事にあひて、臆したるやうに見ゆる人あり。心定りて後に勇いでくるものなり。是氣よわく心つよきなり。外愚に見えて、内明なる人あり。外明にして內くらき人あり。人の生れつきには色々くせあり。其心を知らで、くせを以て其人を見あやまることなかれ。一呂氏春秋曰、亡國之主。必自驕。必自智。必輕物。といへり。織田信長の亡び給ふも亦斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其功を立て敵を亡し給ふも、多くは不義にあらず。
新字:一勇をこのむ者、其中を得れば正気とす、君子の勇なり、士気なり。中に過れば客気なうは気なるは士気にあらず。是小人の勇なり。正気はよく事を成就す。客気は必ず事を仕損ずるものなり。一外は勇あるやうに見えて、内心つたなき人あり。外面はつたなく、俄の事にあひて、臆したるやうに見ゆる人あり。心定りて後に勇いでくるものなり。是気よわく心つよきなり。外愚に見えて、内明なる人あり。外明にして内くらき人あり。人の生れつきには色々くせあり。其心を知らで、くせを以て其人を見あやまることなかれ。一呂氏春秋曰、亡国之主。必自驕。必自智。必軽物。といへり。織田信長の亡び給ふも亦斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其功を立て敵を亡し給ふも、多くは不義にあらず。
書き下し
一勇をこのむ者、其中を得れば正気とす、君子の勇なり、士気なり。中に過れば客気なうは気なるは士気にあらず。是小人の勇なり。正気はよく事を成就す。客気は必ず事を仕損ずるものなり。一外は勇あるやうに見えて、内心つたなき人あり。外面はつたなく、俄の事にあひて、臆したるやうに見ゆる人あり。心定りて後に勇いでくるものなり。是気よわく心つよきなり。外愚に見えて、内明なる人あり。外明にして内くらき人あり。人の生れつきには色々くせあり。其心を知らで、くせを以て其人を見あやまることなかれ。一呂氏春秋に曰く、亡国の主は、必ず自ら驕り、必ず自ら智とし、必ず物を軽んず。といへり。織田信長の亡び給ふも亦斯の如し。信長公は、武勇は古今にすぐれ、其功を立て敵を亡し給ふも、多くは不義にあらず。
現代語訳
勇を好む者は、その中庸を得れば正気(せいき)とします。君子の勇であり、士気です。中庸を過ぎれば客気、うわ気であって、士気ではありません。これは小人の勇です。正気はよく事を成し遂げます。客気は必ず事をし損じるものです。外は勇があるように見えて、内心は拙い人がいます。外面は拙く、急な事に会って臆したように見える人もいます。心が定まった後に勇が出てくるものです。これは気は弱くても心が強いのです。外は愚かに見えて内は明らかな人がいます。外は明らかで内は暗い人もいます。人の生まれつきには色々な癖があります。その心を知らずに、癖で人を見誤ってはいけません。『呂氏春秋』に言います。「国を滅ぼす君主は、必ず自ら驕り、必ず自ら賢いとし、必ず物事を軽んじる」と。織田信長が亡びられたのもまたこのようでした。信長公は武勇は古今に優れ、功を立て敵を滅ぼされたのも、多くは不義ではありませんでした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之六左伝に晋の随武子曰く、可を見て進み、難きを知りて退くは、軍の善政なりと。蓋し兵を用ゐるの道は、進退に度有り。度を失へば則ち不可なり。夫れ進むべからずして進み、退くべくして退かざるは、是れ勇者の事、太過と為すべし。我が国俗の貴ぶ所なり。然り而して法の禁ずる所なり。軍に利あらざるに由るなり。進むべくして進まず、退くべからずして退く者は、是れ怯者の事、不及と為すべし。国俗の賤しむ所、是れ亦法の禁ずる所にして、戦ひに利あらず。四者は勇怯同じからずと雖も、然れども兵を用ゐるに害有るは則ち一なり。
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『文武訓』武訓下一左伝に、晋の随武子が曰く、可を見て進む。難を知りて退く。軍の善政なり。凡兵を用ふるに、進も退も度あり。度を失へばやぶる。進むべからずして進み、退くべからずして退くは、度を失ふなり。進むべくして進まず、退くべくして退かず。是亦度をうしなふなり。一敵陣にむかつては、進むべくして進み、退くべくして退く、是和語に、かかるも引くも折によるといふが如し。戦の道、進退によき節あり。勇者は進むべからずして進み、退くべくして退かず。是軍法の禁ずる所なり。大過とす。進むべくして進まず、退くべからずして退くは、是怯者のしわざなり、不及とす。是亦軍法の禁ずる所なり。進むべからずして進み、退くべくして退かず、進むべくして進まず、退くべからずして退く。此四のものは勇怯同じからざれども、ともに軍法に害あり。軍法にしたがひては、勇者もひとり進まず、怯者もひとり退かず。皆力を一にするは、良将の兵なり。一かかるにはさきにすすむを勇とし、引くにはあとにおくるるを勇とす。されども進むに先にあるは猶もやすし。退くにあとにあるは甚かたし。
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『翁問答』下卷之本まへかどにも論ずる如く、正真の学問をよくつとめて悟りぬれば、仁義の勇あきらかになりて必分別よくなるなり、それも師匠と学問の仕様とによく吟味あるべき事なり、中庸に曰、人一たびして之を能くすれば己之を百たびし、人十たびして之を能くすれば己之を千たびす、果して此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん、この聖謨の意は篤く天地の神道に志し明徳をあきらかにする工夫をはげましつとめ行へば必さとりをひらき、うまれつき愚痴にして迷ひ深きものも、本心の良知あきらかになれり、生れつきぬるくにかたなる人も、必ず本心仁義の勇あきらかになりて、武篇よきとの義なり、
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『大和俗訓』巻之一・為学上一凡君子の学問は、知仁勇の三徳を本とし、五倫をあつくするを道とす。知仁勇は五倫の道を行ふ心の徳なり。知は五倫の道をしり、仁は五倫の道を身にたもち行ひ、勇はつとめて知り、つとめて行ふ。知るも行ふも、勇を以てつとむ。君子の学問をするに、其心法とするは三徳なり。行ふべき道とするは五倫なり。三徳と五常とは理同じ。五常はむまれつきたる性なり。三徳は学問をする心法なり。五常をつづめていへり。
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論語・公冶長篇子曰く、「道行われず、桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由か。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無し。」
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・大勇の士は沈着重厚なりされど武士道の勇に於ける観念は、ただにかくの如きに止まらず。勇の人の精神に宿るや、現はれて沈毅となり、不動となる。平静なるは勇の休息せる形にして、又た勇の平衡を得て静止せる現象なり。之に反して大胆なる行為は、其の動勢に表はれたる形なり。大勇の士は、沈着重厚なり。事に処して、其常を失はず、矢石を冒して怖れず、災危に臨んで動かず、雷霆の威に屈せず、風波の烈に驚かず、泰山前に崩るとも変ぜず、鼎釼の中にありて自から安んじ、死生の巷に立ちて自から楽めり。真の勇者は、危を踏み、死に瀕して従容詩歌を詠じ、声音筆蹟毫も平生に異ならず。人、皆之を歎称せり。けだし悠々逼らざること、かくの如きは、其心に多大の余裕あるに因らずんばあらず。
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