武訓 / 上・第23段
人を切りて、刀をさやにをさめず、手にもちてにげ去る者に、途中にて行きあひたる時、彼の者、我に手むかひせずば、其の切りたる理をしらずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよきて通すべし。あとよりおひ來る人、其の者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其の切りたる子細をしらで、みだりにたゝかふべからず。其の人を切れる故をたづねて、其の者、妄に人をころせしとかたらば、追來る者と共に、おひかけ行くべし。追來る者にきらせ、是を助くべし。或は、わが切らんも、亦、其の時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたるとて、きることなかれ、うつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる、俗語のごとくにすべし。
新字:人を切りて、刀をさやにをさめず、手にもちてにげ去る者に、途中にて行きあひたる時、彼の者、我に手むかひせずば、其の切りたる理をしらずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよきて通すべし。あとよりおひ来る人、其の者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其の切りたる子細をしらで、みだりにたゝかふべからず。其の人を切れる故をたづねて、其の者、妄に人をころせしとかたらば、追来る者と共に、おひかけ行くべし。追来る者にきらせ、是を助くべし。或は、わが切らんも、亦、其の時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたるとて、きることなかれ、うつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる、俗語のごとくにすべし。
書き下し
人を切りて、刀をさやにをさめず、手にもちてにげ去る者に、途中にて行きあひたる時、彼の者、我に手むかひせずば、其の切りたる理をしらずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよきて通すべし。あとよりおひ來る人、其の者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其の切りたる子細をしらで、みだりにたゝかふべからず。其の人を切れる故をたづねて、其の者、妄に人をころせしとかたらば、追來る者と共に、おひかけ行くべし。追來る者にきらせ、是を助くべし。或は、わが切らんも、亦、其の時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたるとて、きることなかれ、うつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる、俗語のごとくにすべし。
現代語訳
人を切って、刀を鞘に納めず、手に持ったまま逃げ去る者に途中で行き合ったとき、その者がこちらに手向かいしないのであれば、切った事情を知らないまま、むやみにその者と切り合ってはなりません。遠くからよけて通すのがよいのです。後から追ってくる人が、あの者を討ち止めよと遠くから声をかけてきたとしても、切った事情を知らないままむやみに戦ってはなりません。その人を切った理由をたずね、あの者がむやみに人を殺したのだと語るなら、追ってくる者と一緒に追いかけて行きなさい。追ってくる者に切らせて、これを助けるのです。あるいは、自分が切るのも、その場の事情しだいです。もし父・兄・主君などの敵を討って去る者であれば、追って行ってはなりません。君や父の敵を討つのは忠孝の道なのですから、人を切ったからといって、切ってはならず、討ってはなりません。おおよそのこととして、用心は臆病なくらいにし、心は剛くもつべきだと、義貞軍記にある俗語のとおりにするのがよいのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓上一人を切りて刀を鞘にをさめず、手にもちて逃け去る者に途中にて行きあひたる時、彼の者我に手むかひせずば、其切りたる理を知らずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよぎて通すべし。あとより追ひ来る人、其者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其切りたる仔細を知らで、みだりにたたかふべからず。其人を切れる故をたづねて、其者妄に人をころせしとかたらば、追来る者と共に追ひかけ行くべし。追来る者に切らせ、是を助くべし。或はわが切らんも、亦其時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたりとて、きることなかれうつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ、心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる俗語のごとくにすべし。
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『文武訓』武訓下一或武人、敵と我、両人戦ふ時のこころをよめる拙き歌あり。身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべきいふ意は、敵と戦ふに臨まば、身は捨つべし。身をのがれんと思へば、心みだれおそれひるみて、敵に勝つべき力なし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵と戦ふ時に、つねの如くにして心を動すべからず。我方よりみだりにかからず、こらへて早くうつべからず、人の動をまちて、其隙を見て早くうつべし。是敵に勝つの道なりといへり。一士となる者、平生は温厚和平にして、いかりをおさへ色をはげしくすべからず。みづから楽み人を愛すべし。されども、常に志をたもち気を養ひて、義理にいさむべし。変にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。
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『武訓』上・第25段勇士は、命をすつることかたからず。すてゝ、道にあたることかたし。道にかなはずして死するは、犬死なり。たとへば、狂愚なる者の、われに無禮なるをとがめて口論して、一朝の怒によりて、人と鬪ひて身をすつ、是、其の身をかろんず。是、不孝なり。武にあらず。死ぬべくして死なざる、是、命をしむ、勇なきなり。義にあらず。戰にのぞみ、君のために、節に死なず。是、不忠なり。君父のために、忠孝を行ひて、一かどの用に立つべきあたら身を、よしなき少しのことをいかりて、狂人愚人のために命を捨つること、おろかなり。をしむべし。
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『武士訓』卷三・第4段世俗武藝少しおぼえぬれば。つねに目かどをたて。假初の出あひにも。他のことばをとがむるは。血氣のためにおかされて。忠孝の理をわすれたるなり。ねがはくは。裏に勇猛を含みて。表に和愛を顯すべし。死すべきところにのぞみては。人にさきだちて一足も退ざるべし。但し死すべき塲と。死すまじき塲あり。死すべき塲に死るを義死と稱し。死すまじき塲に死るを狗死と譏れり。
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葉隠・聞書第十一白刄(しらは)持ちたる者に行逢(ゆきあ)い候(そうろう)時の事。向(むこう)より物を云わば、此方よりも物を云わず。向より詞(ことば)を出し候わば、此方何のかまいなしに、「通るべし。」と云いて、行逢いざまに、その儘(まま)詞を懸くべし。「行懸(ゆきかか)りたる事なれば、拔身(ぬきみ)を持ちて通り候わば、其の分にては置きがたし。」と云いて跡(あと)より追懸(おいか)くべし。德(とく)有り。口傳(くでん)。脇(わき)より見てよし。最前(さいぜん)も道の眞中(まんなか)を通るべし。又行向(ゆきむか)い、その儘さすべし。若(も)し手向(てむか)い候わば運次第なり。
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『文武訓』武訓上されども、わが方よりは、人をあなどりて悪口すべからず。悪口すれば、いかなる臆病者も又いかりをおこしてたたかひに及ぶ事あり。妄人とたたかひ勝ちても、我も亦自殺せずんばあるべからず。是一朝のいかりに其身をわすれて、其親に及ぼすなり。不孝不智の至、もとより武勇にあらず、犬死といふべし。君父のため忠孝を行ふべきあたら身を、かかる妄人に対して捨つるは、いとをしむべし。彼の愚人は、人に責られざればこりず。少しこらして大にいましむるは、小人の福なりと、易にも見えたり。凡朋友の交は、互に礼をあつくうやまふべし。如斯なればあらそひ出来ず。あらそひは必ず無礼よりおこる。闘論なからんことを議する事、甲陽軍鑑にしるせし内藤修理が説、むべなり。
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