文武訓 / 武訓上
されども、わが方よりは、人をあなどりて惡口すべからず。惡口すれば、いかなる臆病者も又いかりをおこしてたゝかひに及ぶ事あり。妄人とたゝかひ勝ちても、我も亦自殺せずんばあるべからず。是一朝のいかりに其身をわすれて、其親に及ぼすなり。不孝不智の至、もとより武勇にあらず、犬死といふべし。君父のため忠孝を行ふべきあたら身を、かゝる妄人に對して捨つるは、いとをしむべし。彼の愚人は、人に責られざればこりず。少しこらして大にいましむるは、小人の福なりと、易にも見えたり。凡朋友の交は、互に禮をあつくうやまふべし。如斯なればあらそひ出來ず。あらそひは必ず無禮よりおこる。闘論なからんことを議する事、甲陽軍鑑にしるせし内藤修理が說、むべなり。
新字:されども、わが方よりは、人をあなどりて悪口すべからず。悪口すれば、いかなる臆病者も又いかりをおこしてたゝかひに及ぶ事あり。妄人とたゝかひ勝ちても、我も亦自殺せずんばあるべからず。是一朝のいかりに其身をわすれて、其親に及ぼすなり。不孝不智の至、もとより武勇にあらず、犬死といふべし。君父のため忠孝を行ふべきあたら身を、かゝる妄人に対して捨つるは、いとをしむべし。彼の愚人は、人に責られざればこりず。少しこらして大にいましむるは、小人の福なりと、易にも見えたり。凡朋友の交は、互に礼をあつくうやまふべし。如斯なればあらそひ出来ず。あらそひは必ず無礼よりおこる。闘論なからんことを議する事、甲陽軍鑑にしるせし内藤修理が説、むべなり。
書き下し
されども、わが方よりは、人をあなどりて悪口すべからず。悪口すれば、いかなる臆病者も又いかりをおこしてたたかひに及ぶ事あり。妄人とたたかひ勝ちても、我も亦自殺せずんばあるべからず。是一朝のいかりに其身をわすれて、其親に及ぼすなり。不孝不智の至、もとより武勇にあらず、犬死といふべし。君父のため忠孝を行ふべきあたら身を、かかる妄人に対して捨つるは、いとをしむべし。彼の愚人は、人に責られざればこりず。少しこらして大にいましむるは、小人の福なりと、易にも見えたり。凡朋友の交は、互に礼をあつくうやまふべし。如斯なればあらそひ出来ず。あらそひは必ず無礼よりおこる。闘論なからんことを議する事、甲陽軍鑑にしるせし内藤修理が説、むべなり。
現代語訳
けれども、自分の方からは人を侮って悪口を言ってはいけません。悪口を言えば、どんな臆病者もまた怒りを起こして、斬り合いに及ぶことがあります。愚かな人と斬り合って勝っても、自分もまた自害しなければなりません。これは一時の怒りにその身を忘れて、その親にまで累を及ぼすのです。不孝と無知の極みで、もとより武勇ではなく、犬死というべきです。主君や父のために忠孝を行うべき大切な身を、このような愚かな人に対して捨てるのは、たいへん惜しむべきことです。その愚かな人は、人に責められなければこりません。「少しこらしめて大いに戒めるのは小人の福である」と『易』にも見えています。およそ朋友の交わりは、互いに礼を厚くして敬うべきです。このようであれば争いは起きません。争いは必ず無礼から起こります。争論のないように取り決めることは、『甲陽軍鑑』に記された内藤修理の説が、もっともなことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之六凡そ子弟たる者は、須らく尊長の事に勤労すべし。自ら尊長の態を為して、安逸を為すこと勿かれ。凡そ人の子たるの礼は、須らく朝夕父母を定省すべし。或は居を同じくせざる者も、亦其の遠近に随ひて、毎日一たび省み、或は数日に一たび省みて、疏濶なること勿かれ。文王の世子たるや、王季に朝すること日に三たび、雞初めて鳴きて至り、日中に及びて又至り、莫に及びて又至る。世子すら猶ほ此くの如し。況んや賤しき者に於いてをや。
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『春秋左氏伝』隠公元年 孝子匱しからず君子曰く、「潁考叔は純孝なり。其の母を愛して、施いて莊公に及ぶ。詩に曰く、『孝子匱しからず、永く爾の類に錫ふ』と。其れ是を之れ謂ふか」と。秋、七月、天王宰咺をして來りて惠公・仲子の賵を歸らしむ。緩し、且つ子氏未だ薨ぜず、故に名いふ。天子は七月にして葬り、同軌畢く至る。諸侯は五月、同盟至る。大夫は三月、同位至る。士は月を踰え、外姻至る。死に贈りて尸に及ばず、生を弔ひて哀に及ばず、凶事を豫めするは、禮に非ざるなり。八月、紀人夷を伐つ。夷告げず、故に書せず。蜚有り。災を為さず、亦た書せず。惠公の季年、宋の師を黃に敗る。公立ちて、成を求む。九月、宋人と宿に盟ふ、始めて通ずるなり。冬、十月、庚申、惠公を改葬す。公臨まず、故に書せず。惠公の薨ずるや、宋の師有り、太子少し、葬に故に闕有り、是を以って改葬す。衛侯來りて葬に會す、公に見えず、亦た書せず。鄭の共叔の亂に、公孫滑出でて衛に奔る。衛人之が為に鄭を伐ち、廩延を取る。鄭人王の師・虢の師を以って衛の南鄙を伐つ。師を邾に請ふ。邾子私かに公子豫に使ひす。豫往かんと請ふ、公許さず、遂に行く。邾人・鄭人と翼に盟ふ。書せざるは、公の命に非ざればなり。新たに南門を作る。書せざるは、亦た公の命に非ざればなり。十二月、祭伯來る、王命に非ざるなり。眾父卒す。公小斂に與らず、故に日を書せず。
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論語・為政篇孟懿子孝を問う。子曰く、「違(たが)うこと無かれ。」樊遅御(ぎょ)す。子之に告げて曰く、「孟孫我に孝を問う。我対えて曰く、違(たが)うこと無かれと。」樊遅が曰く、「何の謂(いい)ぞや。」子曰く、「生きては之に事(つか)うるに礼を以てし、死しては之を葬るに礼を以てし、之を祭るに礼を以てす。」
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『五常訓』巻之四・礼一凡礼あるを以て人とす。若礼なければ、人の法すたり、鳥獣に同じくなりて、人道たたず。礼なきの至をいはば、父にあうて怒り詈り、母に帚をとらせて、立ちて評語し、君の過悪をそしりあらはし、兄と財をあらそひ奪ひ、東家のかきを越えて、処女をひくの類、皆是禽獣の行なり。人倫の法にあらず。
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『都鄙問答』卷之一・播州ノ人學問ノ事ヲ問ノ段曰、其中に心得がたきことあり。衣類に美麗をなさずと云へり。先父母は、我子に、他よりよき物を著たく思ふは、親の心なり。それに麁相なる衣類を著ては、父母の心を害ゆへ、不孝にあらずや。答、人に背、麁相にせよと云にはあらず。我言所は、約を守ることを云。道に明なる父母ならば、如何ぞ礼に背き、奢ことを喜ぶべきや。孔子も、礼与其奢寧倹とのたまふ。然れば礼に少かくる所ありとも、奢の害は大なりと知らるべし。又道に疎く、奢を好む父母に、尽心に合ことばかりは成難。成難ことを、譬て云はゞ、父母盗が好なればとて、盗をせられんや。内証にて此を止は、真実の心よりなす所なり。心を知る時は、孝の道をそこなはず、父母の悪事をも止め、父母を道に向しむ。又道ある父母ならば、心自ら合べし。是学問の力なり。
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孟子・盡心章句下曾晳羊棗を嗜む、而して曾子羊棗を食らふに忍びず。公孫丑問ひて曰く、「膾炙と羊棗と孰れか美き。」孟子曰く、「膾炙なるかな。」公孫丑曰く、「然らば則ち曾子何為れぞ膾炙を食らひて羊棗を食らはざる。」曰く、「膾炙は同じき所なり、羊棗は独りする所なり。名を諱みて姓を諱まず、姓は同じき所なり、名は独りする所なり。」
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