文武訓 / 武訓上
一人を切りて刀を鞘にをさめず、手にもちて逃け去る者に途中にて行きあひたる時、彼の者我に手むかひせずば、其切りたる理を知らずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよぎて通すべし。あとより追ひ來る人、其者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其切りたる仔細を知らで、みだりにたゝかふべからず。其人を切れる故をたづねて、其者妄に人をころせしとかたらば、追來る者と共に追ひかけ行くべし。追來る者に切らせ、是を助くべし。或はわが切らんも、亦其時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたりとて、きることなかれうつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ、心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる俗語のごとくにすべし。
新字:一人を切りて刀を鞘にをさめず、手にもちて逃け去る者に途中にて行きあひたる時、彼の者我に手むかひせずば、其切りたる理を知らずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよぎて通すべし。あとより追ひ来る人、其者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其切りたる仔細を知らで、みだりにたゝかふべからず。其人を切れる故をたづねて、其者妄に人をころせしとかたらば、追来る者と共に追ひかけ行くべし。追来る者に切らせ、是を助くべし。或はわが切らんも、亦其時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたりとて、きることなかれうつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ、心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる俗語のごとくにすべし。
書き下し
一人を切りて刀を鞘にをさめず、手にもちて逃け去る者に途中にて行きあひたる時、彼の者我に手むかひせずば、其切りたる理を知らずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよぎて通すべし。あとより追ひ来る人、其者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其切りたる仔細を知らで、みだりにたたかふべからず。其人を切れる故をたづねて、其者妄に人をころせしとかたらば、追来る者と共に追ひかけ行くべし。追来る者に切らせ、是を助くべし。或はわが切らんも、亦其時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたりとて、きることなかれうつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ、心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる俗語のごとくにすべし。
現代語訳
人を斬って刀を鞘に納めず、手に持って逃げ去る者に途中で行き会ったとき、その者が自分に手向かいしなければ、その斬った理由を知らないまま、むやみにその者と斬り合ってはいけません。遠くからよけて通すべきです。後から追ってくる人が、その者を討ち止めよと遠くから声をかけても、その斬った事情を知らないまま、むやみに戦ってはいけません。その人を斬った理由を尋ねて、その者がむやみに人を殺したと語るなら、追ってくる者と一緒に追いかけて行くべきです。追ってくる者に斬らせ、これを助けるべきです。あるいは自分が斬るのも、またその時の状況によります。もし父や兄、主君などの敵を討って退く者であれば、追って行ってはいけません。主君や父の仇を討った忠孝の道があるのなら、人を斬ったからといって、斬ってはならず、討ってはなりません。およそ物事は、「用心は臆病にせよ、心は剛に持て」と『義貞軍記』に言う俗語のようにすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓上一張南軒曰く、君子は難を避けず。亦難に預からず。此意は、不慮にのがれがたき難に臨みて、其場をはづして身をのがるるは怯し、義にあらず。是難を去らざるなり。難にあふとも、難を避けて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざる事にわざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此二は共に理にあたらず、勇にあらず。されば身を捨つることはやすけれど、捨ててかひありて理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふ故に、死ぬべからざる時に死して身を失ひ、死ぬべき時に死なずして義を失ふも、共に勇にあらず、理にそむけり。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一衆人の行ふわざは、かねて思案なく、又事にのぞみては慮もなく、はやく決定するゆゑに、毎事あやまり多くして、後悔すれどもそれにも懲りず、つねに事ごとにかくの如し。一事あるごとに、必後のあやまり、悔あらん事をおそれ、しづかに思慮して行ふべし。何の害かあるべきと思ひ、思慮もなく、其まま決定すべからず。もし即時にきはめがたくば、重てよく思案して行ふべし。事にあたりて十分に道理にかなひ、此上は思案に及ばずと思ふとも、又いかなる悪しき事もあらんかと猶予して、俄に決断すべからず。是あやまちすくなく、悔すくなくする道なり。思慮して、善悪をよく明めたらば、必決断して、猶予なく行ふべし。思慮して、理明かになりても、決断つよからざれば行はれず。悠々としてむなしく時を過すはあしし。所謂、義を見て為さざるは勇無きなり。思慮と決断との二そなはりてよし。思慮なくして、みだりに早く決断すればあやまる。是不智なり。思慮して道理はわかれぬれど悠々として時を失ふは、おこたりなり。是勇無きなり。二の者はいづれも悔あり。
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『文武訓』武訓上一将をえらぶには、智を先とし勇を後とす。智なければ、勇ありても謀なく、思案なくして兵の道にくらし。勇あるをたのんで過多し。かくのごとくなる将はやぶれやすし。良将にあらず。良将は智ふかく、又勇もありて、敵をはかり身方をかへりみ、事に臨んでおそれ、謀を好んで事をなす。故に敗れがたし。
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『囲炉夜話』第二百三則・必ず諸を心に問ふ言は盡くは信ず可からず、必ず諸を理に揆る。事は未だ遽かに行ふ可からず、必ず諸を心に問ふ。
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論語・陽貨篇子路曰く、「君子は勇を尚ぶか。」子曰く、「君子は義以て上と為す。君子勇有りて義無ければ乱を為し、小人勇有りて義無ければ盗を為す。」
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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