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武訓 / 上・第21段

人中にて、我に無禮を行ひ、惡口する者あらば、耻辱にならざるとは、聞かざるふりして、堪忍すべし。彼の愚人に對し、いかりあらそふも、本意ならず。されども、彼の者、それをわきまへず、我をはづかしめたりとて、ほこりがほにて、われをあなどり、後日又、われをはづかしむべきうれひを思はゞ、人なき所にまねきて、とがむべし。もし人中にて、惡口すること二度に及ぶとも、いかるべからず。道理をいひきかすべし。道理に服せずば、聲をはげましてとがむべし。此の方よりは、惡口すべからず。かやうに、遠慮なく、人をあなどりて惡口する者は、おろかにして、後のわざはひをおもんばからず、必、臆病なるうつゝなきしれ者なれば、此の方より、つよくとがむれば、必、閉口してめるものなり。されども、わが方よりは、人をあなどりて、惡口すべからず。惡口すれば、いかなる臆病者も、又、いかりをおこして、たゝかひに及ぶことあり。妄人とたゝかひかちても、我も亦、自殺せずんばあるべからず。是一朝のいかりに、其の身をわすれて、其の親に及ばすなり。不孝不智の至、もとより武勇にあらず。犬死といふべし。君父のため、忠孝を行ふべきあたら身を、かゝる妄人に對してすつるは、いとをしむべし。彼の愚人は、人にせめられざればこりず。少しこらして、大にいましむるは、小人の福なりと、易にも見えたり。

新字:人中にて、我に無礼を行ひ、悪口する者あらば、耻辱にならざるとは、聞かざるふりして、堪忍すべし。彼の愚人に対し、いかりあらそふも、本意ならず。されども、彼の者、それをわきまへず、我をはづかしめたりとて、ほこりがほにて、われをあなどり、後日又、われをはづかしむべきうれひを思はゞ、人なき所にまねきて、とがむべし。もし人中にて、悪口すること二度に及ぶとも、いかるべからず。道理をいひきかすべし。道理に服せずば、声をはげましてとがむべし。此の方よりは、悪口すべからず。かやうに、遠慮なく、人をあなどりて悪口する者は、おろかにして、後のわざはひをおもんばからず、必、臆病なるうつゝなきしれ者なれば、此の方より、つよくとがむれば、必、閉口してめるものなり。されども、わが方よりは、人をあなどりて、悪口すべからず。悪口すれば、いかなる臆病者も、又、いかりをおこして、たゝかひに及ぶことあり。妄人とたゝかひかちても、我も亦、自殺せずんばあるべからず。是一朝のいかりに、其の身をわすれて、其の親に及ばすなり。不孝不智の至、もとより武勇にあらず。犬死といふべし。君父のため、忠孝を行ふべきあたら身を、かゝる妄人に対してすつるは、いとをしむべし。彼の愚人は、人にせめられざればこりず。少しこらして、大にいましむるは、小人の福なりと、易にも見えたり。

書き下し

人中にて、我に無禮を行ひ、惡口する者あらば、耻辱にならざるとは、聞かざるふりして、堪忍すべし。彼の愚人に對し、いかりあらそふも、本意ならず。されども、彼の者、それをわきまへず、我をはづかしめたりとて、ほこりがほにて、われをあなどり、後日又、われをはづかしむべきうれひを思はゞ、人なき所にまねきて、とがむべし。もし人中にて、惡口すること二度に及ぶとも、いかるべからず。道理をいひきかすべし。道理に服せずば、聲をはげましてとがむべし。此の方よりは、惡口すべからず。かやうに、遠慮なく、人をあなどりて惡口する者は、おろかにして、後のわざはひをおもんばからず、必、臆病なるうつゝなきしれ者なれば、此の方より、つよくとがむれば、必、閉口してめるものなり。されども、わが方よりは、人をあなどりて、惡口すべからず。惡口すれば、いかなる臆病者も、又、いかりをおこして、たゝかひに及ぶことあり。妄人とたゝかひかちても、我も亦、自殺せずんばあるべからず。是一朝のいかりに、其の身をわすれて、其の親に及ばすなり。不孝不智の至、もとより武勇にあらず。犬死といふべし。君父のため、忠孝を行ふべきあたら身を、かゝる妄人に對してすつるは、いとをしむべし。彼の愚人は、人にせめられざればこりず。少しこらして、大にいましむるは、小人の福なりと、易にも見えたり。

現代語訳

人中で、私に無礼を行い、悪口を言う者がいたら、恥辱にならない程度なら、聞かないふりをして堪え忍ぶべきです。その愚かな人に対して、怒り争うのも、本意ではありません。けれども、その者がそれをわきまえず、私を辱めたと誇り顔で、私を侮り、後日また私を辱めるおそれがあるなら、人のいない所に招いてとがめるべきです。もし人中で悪口を言うことが二度に及んでも、怒ってはなりません。道理を言い聞かせるべきです。道理に服さないなら、声を励ましてとがめるべきです。こちらからは悪口を言ってはなりません。このように、遠慮なく人を侮って悪口を言う者は、愚かで、後の災いを思いはからず、きっと臆病で正気のない愚か者ですから、こちらから強くとがめれば、きっと口を閉ざして止むものです。けれども、こちらから人を侮って悪口を言ってはなりません。悪口を言えば、どんな臆病者でも、また怒りを起こして、争いに及ぶことがあります。妄人と戦って勝っても、私もまた、自殺しなければならなくなります。これは一朝の怒りに、その身を忘れて、親にまで及ぼすことです。不孝不智の極みで、もとより武勇ではありません。犬死というべきです。君や父のために忠孝を行うべき惜しい身を、こうした妄人のために捨てるのは、惜しむべきことです。かの愚かな人は、人に責められなければ懲りません。少し懲らして、大いに戒めるのは、小人の福であると、易にも見えます。

解説

人前で侮辱されたときの対処を、段階を踏んで示す段です。恥辱にならない程度なら聞き流す。繰り返されるなら人のいない所でとがめる。それでも改まらなければ道理を言い聞かせ、最後に声を励ましてとがめる。ただし、こちらからは悪口を言わない。怒りに任せれば、身を失い親にまで累が及ぶから、という理由が添えられます。感情を爆発させるより、場と順序を選んで正すという考え方です。職場でも、人前で恥をかかされたとき、その場で言い返さず、別の場で冷静に伝えるほうが、結果として自分も相手も守れます。過度な我慢を勧めているのではなく、段階を踏んで伝える技術として読めます。

この章句が説くこと

堪忍怒りの制御場を選ぶ段階的な対処悪口武訓

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