文武訓 / 武訓上
一人中にて、我に無禮を行ひ、惡口する者あらば、恥辱にならざる事は、聞かざるふりして堪忍すべし。彼の愚人に對し、いかりあらそふも本意ならず。されども、彼の者それをわきまへず、我をはづかしめたりとて、ほこりがほにて我をあなどり、後日又われをはづかしむべきうれひを思はば、人なき所にまねきてとがむべし。もし、人中にて、惡口すること二度に及ぶとも、いかるべからず、道理を云ひきかすべし。道理に服せずば、聲をはげましてとがむべし。此方よりは惡口すべからず。かやうに遠慮なく、人をあなどりて惡口する者は、おろかにして後のわざはひをおもんぱからず、必ず臆病なるうつゝなきしれ者なれば、此方よりつよくとがむれば、必ず閉口してめるものなり。
新字:一人中にて、我に無礼を行ひ、悪口する者あらば、恥辱にならざる事は、聞かざるふりして堪忍すべし。彼の愚人に対し、いかりあらそふも本意ならず。されども、彼の者それをわきまへず、我をはづかしめたりとて、ほこりがほにて我をあなどり、後日又われをはづかしむべきうれひを思はば、人なき所にまねきてとがむべし。もし、人中にて、悪口すること二度に及ぶとも、いかるべからず、道理を云ひきかすべし。道理に服せずば、声をはげましてとがむべし。此方よりは悪口すべからず。かやうに遠慮なく、人をあなどりて悪口する者は、おろかにして後のわざはひをおもんぱからず、必ず臆病なるうつゝなきしれ者なれば、此方よりつよくとがむれば、必ず閉口してめるものなり。
書き下し
一人中にて、我に無礼を行ひ、悪口する者あらば、恥辱にならざる事は、聞かざるふりして堪忍すべし。彼の愚人に対し、いかりあらそふも本意ならず。されども、彼の者それをわきまへず、我をはづかしめたりとて、ほこりがほにて我をあなどり、後日又われをはづかしむべきうれひを思はば、人なき所にまねきてとがむべし。もし、人中にて、悪口すること二度に及ぶとも、いかるべからず、道理を云ひきかすべし。道理に服せずば、声をはげましてとがむべし。此方よりは悪口すべからず。かやうに遠慮なく、人をあなどりて悪口する者は、おろかにして後のわざはひをおもんぱからず、必ず臆病なるうつつなきしれ者なれば、此方よりつよくとがむれば、必ず閉口してめるものなり。
現代語訳
人前で、自分に無礼を行い、悪口を言う者があれば、恥辱にならないことは、聞かないふりをして堪忍すべきです。その愚かな人に対して、怒って争うのも本意ではありません。けれども、その者がそれをわきまえず、自分を恥ずかしめたといって得意顔で自分を侮り、後日また自分を恥ずかしめるおそれがあると思うなら、人のいない所に招いてとがめるべきです。もし人前で悪口を言うことが二度に及んでも、怒ってはいけません。道理を言い聞かせるべきです。道理に服さなければ、声を励ましてとがめるべきです。こちらからは悪口を言ってはいけません。このように遠慮なく人を侮って悪口を言う者は、愚かで後の災いを考えず、必ず臆病でうつつのない愚か者ですから、こちらから強くとがめれば、必ず閉口してやめるものです。
解説
この章句が説くこと
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