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武訓 / 上・第20段

利欲を專にして、義理をすつるは、是、國を亂すのわざにして、亂をしづむる武の道にはあらず。上を犯し、亂をおこす、亂臣賊子のしわざなり。日本の武道を以て、盜賊のしわざと同じく心得ること、むげに、あさまし。少し心あらん人は、其の非をしるべし。詳に辯ずるにたらず。夫、仁義の道、正直にしていつはりなき、是信なり。信なければ、からもやまとも、古も今も、人道たゝず。人道たゝざれば、武道も行はれず。主將たる人信なければ、士卒萬民の心を得がたし。もし、表裏多くして、人を欺き、いつはりを行ひて、士卒そむきうらみば、百萬の兵ありとも、戰ひかつことかたかるべし。故に、兵の道は、仁義を本とし、信を以て、諸人の心を服するにあり。孫子が、權謀を專とせしも、將の道は、智信仁勇嚴也といへり。もし、將となる人、仁義忠信をすてゝ、あはれみなく、なさけなく、表裏を行ひて、まことなく、只、わが身を利せんとし、士卒皆これに見ならひ、化してはぢなくば、なんぞ戰にのぞみて、信を守り、君のため、忠義を行ひ、命をすて、節に死する者あらんや。是を日本の武道といふべからざること、辯ぜずして其の非をしるべし。

新字:利欲を専にして、義理をすつるは、是、国を乱すのわざにして、乱をしづむる武の道にはあらず。上を犯し、乱をおこす、乱臣賊子のしわざなり。日本の武道を以て、盗賊のしわざと同じく心得ること、むげに、あさまし。少し心あらん人は、其の非をしるべし。詳に弁ずるにたらず。夫、仁義の道、正直にしていつはりなき、是信なり。信なければ、からもやまとも、古も今も、人道たゝず。人道たゝざれば、武道も行はれず。主将たる人信なければ、士卒万民の心を得がたし。もし、表裏多くして、人を欺き、いつはりを行ひて、士卒そむきうらみば、百万の兵ありとも、戦ひかつことかたかるべし。故に、兵の道は、仁義を本とし、信を以て、諸人の心を服するにあり。孫子が、権謀を専とせしも、将の道は、智信仁勇厳也といへり。もし、将となる人、仁義忠信をすてゝ、あはれみなく、なさけなく、表裏を行ひて、まことなく、只、わが身を利せんとし、士卒皆これに見ならひ、化してはぢなくば、なんぞ戦にのぞみて、信を守り、君のため、忠義を行ひ、命をすて、節に死する者あらんや。是を日本の武道といふべからざること、弁ぜずして其の非をしるべし。

書き下し

利欲を專にして、義理をすつるは、是、國を亂すのわざにして、亂をしづむる武の道にはあらず。上を犯し、亂をおこす、亂臣賊子のしわざなり。日本の武道を以て、盜賊のしわざと同じく心得ること、むげに、あさまし。少し心あらん人は、其の非をしるべし。詳に辯ずるにたらず。夫、仁義の道、正直にしていつはりなき、是信なり。信なければ、からもやまとも、古も今も、人道たゝず。人道たゝざれば、武道も行はれず。主將たる人信なければ、士卒萬民の心を得がたし。もし、表裏多くして、人を欺き、いつはりを行ひて、士卒そむきうらみば、百萬の兵ありとも、戰ひかつことかたかるべし。故に、兵の道は、仁義を本とし、信を以て、諸人の心を服するにあり。孫子が、權謀を專とせしも、將の道は、智信仁勇嚴也といへり。もし、將となる人、仁義忠信をすてゝ、あはれみなく、なさけなく、表裏を行ひて、まことなく、只、わが身を利せんとし、士卒皆これに見ならひ、化してはぢなくば、なんぞ戰にのぞみて、信を守り、君のため、忠義を行ひ、命をすて、節に死する者あらんや。是を日本の武道といふべからざること、辯ぜずして其の非をしるべし。

現代語訳

利欲を専らにして義理を捨てるのは、国を乱すわざであって、乱を鎮める武の道ではありません。上を犯し、乱を起こす、乱臣賊子のしわざです。日本の武道を、盗賊のしわざと同じものと心得ているのは、まったくあさましいことです。少し心ある人は、その非を知るでしょう。詳しく弁じるまでもありません。そもそも仁義の道で、正直で偽りのないものが信です。信がなければ、唐も日本も、古も今も、人道は立ちません。人道が立たなければ、武道も行われません。主将たる人に信がなければ、士卒や万民の心を得がたいのです。もし表裏が多く、人を欺き、偽りを行って、士卒がそむき恨むなら、百万の兵があっても、戦って勝つことは難しいでしょう。ですから、兵の道は、仁義を本とし、信によって人々の心を服させるところにあります。孫子が権謀を専らとしたのも、将の道は智・信・仁・勇・厳であると言っています。もし将となる人が、仁義忠信を捨てて、憐れみも情けもなく、表裏を行い、誠がなく、ただ自分の身の利ばかり図り、士卒がみなこれに見習って、化して恥を知らなくなったら、どうして戦に臨んで信を守り、君のために忠義を行い、命を捨て、節に死ぬ者がいるでしょうか。これを日本の武道と言ってはならないことは、弁じなくてもその非が分かります。

解説

信の有無が、人の心を得るかどうかの分かれ目だと論じる段です。上に立つ者に表裏があれば、士卒はそむき恨み、百万の兵がいても勝てない。将が利ばかり図れば、士卒も見習って恥を失い、いざという時に節を守る者がいなくなる、という流れです。孫子の権謀を専らとした人でさえ、将の道に信を入れていると触れています。いまの組織に置き換えれば、上司が裏表を使い分ければ、部下はそれを見習い、大事な局面で誰もついてこなくなります。信頼は、言葉ではなく日々の一貫した行いで積まれるものだと確認できます。

この章句が説くこと

信表裏上に立つ者信頼孫子武訓

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