五常訓 / 巻之五・信
如何となれば、食と信と有之、兵粮たくさんにて、士卒萬民上に思ひつかば、兵なくとも、國を守ること堅固なるべし。子貢又問へり。食と信との二の内、やむことを得ずして、一をすてば、何をか先にすつべき。答へて曰、食をすつべし。食なければ民死す。然れども、信なくて生きんよりは、城を枕にして、うゑ死し、討死したらんこそ、本意なるべけれ。古より、死は人の常なれば、うゑて死すとも力およばず。人もし信を失へば、人道たゝず。かひなき命を生たりとも、人となるの理亡びなば、恥づべきの甚しきなれば、道ありて死したるには、遙かに劣るべし。もし信なくて、士卒萬民上にしたがはず、思ひつかずば、兵糧たくさんにして、莫大の軍勢ありとも、用にたつべからず。
新字:如何となれば、食と信と有之、兵粮たくさんにて、士卒万民上に思ひつかば、兵なくとも、国を守ること堅固なるべし。子貢又問へり。食と信との二の内、やむことを得ずして、一をすてば、何をか先にすつべき。答へて曰、食をすつべし。食なければ民死す。然れども、信なくて生きんよりは、城を枕にして、うゑ死し、討死したらんこそ、本意なるべけれ。古より、死は人の常なれば、うゑて死すとも力およばず。人もし信を失へば、人道たゝず。かひなき命を生たりとも、人となるの理亡びなば、恥づべきの甚しきなれば、道ありて死したるには、遥かに劣るべし。もし信なくて、士卒万民上にしたがはず、思ひつかずば、兵糧たくさんにして、莫大の軍勢ありとも、用にたつべからず。
書き下し
如何となれば、食と信と有之、兵粮たくさんにて、士卒万民上に思ひつかば、兵なくとも、国を守ること堅固なるべし。子貢又問へり。食と信との二の内、やむことを得ずして、一をすてば、何をか先にすつべき。答へて曰、食をすつべし。食なければ民死す。然れども、信なくて生きんよりは、城を枕にして、うゑ死し、討死したらんこそ、本意なるべけれ。古より、死は人の常なれば、うゑて死すとも力およばず。人もし信を失へば、人道たたず。かひなき命を生たりとも、人となるの理亡びなば、恥づべきの甚しきなれば、道ありて死したるには、遥かに劣るべし。もし信なくて、士卒万民上にしたがはず、思ひつかずば、兵糧たくさんにして、莫大の軍勢ありとも、用にたつべからず。
現代語訳
なぜなら、食と信とがあって兵糧が十分にあり、士卒や万民が上に心服しているなら、兵がなくても国を守ることは堅固でしょう。子貢はまた問いました。「食と信との二つのうち、やむを得ず一つを捨てるなら、何を先に捨てるべきでしょうか」。答えて「食を捨てよ。食がなければ民は死ぬ。けれども信がなくて生きるよりは、城を枕にして飢え死にし、討ち死にしたほうが本意であろう」と言われました。昔から死は人の常であるので、飢えて死ぬのは力及ばぬことです。人がもし信を失えば、人の道は立ちません。かいのない命を生き長らえても、人である理が滅びてしまえば、恥ずべきことのはなはだしいものなので、道があって死ぬのにはるかに劣るでしょう。もし信がなくて、士卒や万民が上に従わず心服しないなら、兵糧が十分にあり莫大な軍勢があっても、役には立たないでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之五・信一信は身を修るのみならず、人を治め、国をたもつの要なり。信なければ、人したがはず。むかし子貢、孔子に国の政をとふ。孔子曰、食を足し、兵を足し、民信之。此意は、国ををさむるに、第一には、食のやしなひ無ければ、民命つづかず。第二、武のそなへなければ、国土の守なく、敵にあなどり攻められて、民をやすんじ、国を守る事あたはず。第三、上の心に信なければ、民たる者、上を信ぜず。下知法度を出して信なければ、法やぶれて行はれず。民上を信ぜざれば、上につかふるに、真実の道なし。凡此食と兵と信と、三の者は、一もなくてかなはず。子貢又問うて曰必やむことを得ずして、此三の内、一をすてば、何をか先にすつべきや。孔子こたへて曰、兵をすつべし。
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論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
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『五常訓』巻之五・信一孔子曰く、信なれば則ち人任ず。信実にして、言に偽なければ、一たび約したること、其首尾たがはず。故に人たのもしく思ひて、打任せて疑はず。是人任するなり。もし信ならざれば、約ちがひて、其いへる事、朝夕にかはりて、たのもしげなし。何ぞ任せんや。凡君の、臣にまじはり、国人にまじはり、朋友の相まじはる、吏人の民に対する、皆信あるべし。信なければ、人の交の道たえて行はれず。たのみ無ければなり。
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『五常訓』巻之五・信一子曰く、人にして信無くんば其の可なるを知らざるなり。人の心信実なるは、万事の基にして、人にまじはるの道なり。若信なければ、万事すべて、偽なれば、人にまじはりて、如何ぞ善なるべき。たとへば大車の荷車に輗なければ、牛の首に車をかくる事ならず。小車の乗車に軏なければ、車を馬にかくる事ならず。車と牛馬とは別の物なれど、輗と軏とあれば、是を以て牛馬に車をかけて引かしむべし。若此ものなくんば、何を以てか車をやるべきや。人にまじはるに信ならざるも、亦かくの如し。人と我とは、二物なり。信実を以て交はれば、互に感通して、道行はる。若信なくして人と交はらば、我人にまことなく、人我を信ぜず。彼と我と感通せず。何を以てか道行はれんや。
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司馬法・用眾任を棄て食を節す、是れを人の意を開くと謂う。古よりの政なり。
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『五常訓』巻之五・信是子貢にこたへ給へる意なるべし。又司馬温公の曰、信者人君の大宝なり。国は民に保ち、民は信にたもつ。信にあらざれば、民をつかふ事なく、民にあらざれば、国を守る事なし。故に古の王者は、四海を欺かずと云へり。夫国は民を以てたもつ。民したがはざれば、国ありても保ちがたし。民は信を以てたもつ。上より民を欺きいつはりて、信なければ、民上を信ぜずして、思ひつかず。民の心をたもちがたし。
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