武訓 / 上・第16段
張南軒曰、君子不避難、亦不預於難。此の意は、不慮に、のがれがたき難にのぞみて、其の塲をはづして、身をのがるゝは、怯なり、義にあらず。是、難をさらざるなり。難にあふとも、難をさけて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざることに、わざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此の二は、共に理にあたらず。勇にあらず。されば、身をすつることはやすけれど、すてゝかひありて、理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは、愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふべし。故に、死ぬべからざる時に死して、身を失ひ、死ぬべき時に死なずして、義を失ふも、共に勇にあらず。理にそむけり。
書き下し
張南軒曰、君子不避難、亦不預於難。此の意は、不慮に、のがれがたき難にのぞみて、其の塲をはづして、身をのがるゝは、怯なり、義にあらず。是、難をさらざるなり。難にあふとも、難をさけて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざることに、わざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此の二は、共に理にあたらず。勇にあらず。されば、身をすつることはやすけれど、すてゝかひありて、理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは、愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふべし。故に、死ぬべからざる時に死して、身を失ひ、死ぬべき時に死なずして、義を失ふも、共に勇にあらず。理にそむけり。
現代語訳
張南軒は言いました。君子は難を避けず、また難に預からない、と。この意味は、思いがけず、逃れがたい難に出会った時に、その場をはずして身を逃れるのは、怯であり、義ではありません。これは難を去らないということです。難に会っても、難を避けて身を逃れてはなりません。また、自分に関わりのないことに、わざと出会って難に関わるのは愚かです。この二つは、ともに理にあたらず、勇ではありません。そうであれば、身を捨てることはたやすいけれど、捨てて甲斐があり、理にあたることは難しいのです。道理にそむいて、死ぬべきでない時に死に、惜しい命を捨てるのは、愚かだと言うべきです。死ぬべき時に死なないのは、不義と言うべきです。ですから、死ぬべきでない時に死んで身を失い、死ぬべき時に死なずに義を失うのは、ともに勇ではありません。理にそむいています。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓上一張南軒曰く、君子は難を避けず。亦難に預からず。此意は、不慮にのがれがたき難に臨みて、其場をはづして身をのがるるは怯し、義にあらず。是難を去らざるなり。難にあふとも、難を避けて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざる事にわざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此二は共に理にあたらず、勇にあらず。されば身を捨つることはやすけれど、捨ててかひありて理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふ故に、死ぬべからざる時に死して身を失ひ、死ぬべき時に死なずして義を失ふも、共に勇にあらず、理にそむけり。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一衆人の行ふわざは、かねて思案なく、又事にのぞみては慮もなく、はやく決定するゆゑに、毎事あやまり多くして、後悔すれどもそれにも懲りず、つねに事ごとにかくの如し。一事あるごとに、必後のあやまり、悔あらん事をおそれ、しづかに思慮して行ふべし。何の害かあるべきと思ひ、思慮もなく、其まま決定すべからず。もし即時にきはめがたくば、重てよく思案して行ふべし。事にあたりて十分に道理にかなひ、此上は思案に及ばずと思ふとも、又いかなる悪しき事もあらんかと猶予して、俄に決断すべからず。是あやまちすくなく、悔すくなくする道なり。思慮して、善悪をよく明めたらば、必決断して、猶予なく行ふべし。思慮して、理明かになりても、決断つよからざれば行はれず。悠々としてむなしく時を過すはあしし。所謂、義を見て為さざるは勇無きなり。思慮と決断との二そなはりてよし。思慮なくして、みだりに早く決断すればあやまる。是不智なり。思慮して道理はわかれぬれど悠々として時を失ふは、おこたりなり。是勇無きなり。二の者はいづれも悔あり。
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『文武訓』武訓下一勇者は外をあらくせず。荀子が、能く定つて後能く応ずといへるが如くなるべし。いふ意は、敵にむかひては、心をしづかに定めてうごかさずして、よく敵に勝つ。外に気をうごかして、かるがるしくさわがしきは、内に敵に応ずべき根なし。人に勝ちがたし。
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『童子問』卷下問ふ、王陽明、徐成之に答ふる二書に自ら謂ふ、天下朱を是とし陸を非とすること、論定まること既に久し。一旦之に反するは難しと為す。姑く調停両可の説を為して、人をして自ら思うて之を得しむと。如何。曰く、夫れ勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生じ、智は学を以て大なり。苟も之を知ること明らかならば、則ち是を是とし非を非とし、一刀両断にして、少しも仮借することを得ず。故に孟子曰く、予豈に弁を好まんや、予已むことを得ざるなりと。陽明の人と為りや、聡明絶倫にして、古今に縦にす。二公と雖も、及ばざること遠く甚だし。然れども学問空疎にして、磨励の功甚だ少なし。而して其の学本禅学に得て、孔孟の宗旨に於ては、実に数塵なり。故に其の書含糊衡決にして、二公の肯綮に中ること多きを得ず。朱門の為に廻護するに似たり。但書中の所謂重脊にして叛孔を厭はずといふ数句は、実に今の学者の真病に中る。
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