武家小学 / 子孫への厳しい教え
一子孫の恩情は天道の自然にして血脉の相續する處なれば。人倫の中に於は厚の至にて何事も是に及はなし。我身旣に沒して後家督の嗣子身持放蕩なれば。家を絕し身を滅す也。恩愛の甚しきを以て。敎戒なく子孫不行跡なるは是父の誤也。夫士は大丈夫を以て勇とす。故に其身富貴にても人をあなどらず。能道を守り。貧賤にても志賤からず行潔く。威猛き人にも恐れず勇氣撓ざる也。然ばこの大丈夫の志を以て愛惠の誠を子孫に盡さば。敎戒を嚴しく致べき事也。然るを一偏に不便なりとのみ思ふて。子孫を愛す計りにて敎なく育れば。姑息の仁とて老姥等が仕業なり。丈夫の志にはあらず。却て子孫の仇と成也。士は信勇を以て敎戒むべし。戒ざれば志士仁人にあらず。
新字:一子孫の恩情は天道の自然にして血脉の相続する処なれば。人倫の中に於は厚の至にて何事も是に及はなし。我身既に没して後家督の嗣子身持放蕩なれば。家を絶し身を滅す也。恩愛の甚しきを以て。教戒なく子孫不行跡なるは是父の誤也。夫士は大丈夫を以て勇とす。故に其身富貴にても人をあなどらず。能道を守り。貧賤にても志賤からず行潔く。威猛き人にも恐れず勇気撓ざる也。然ばこの大丈夫の志を以て愛恵の誠を子孫に尽さば。教戒を厳しく致べき事也。然るを一偏に不便なりとのみ思ふて。子孫を愛す計りにて教なく育れば。姑息の仁とて老姥等が仕業なり。丈夫の志にはあらず。却て子孫の仇と成也。士は信勇を以て教戒むべし。戒ざれば志士仁人にあらず。
書き下し
一子孫の恩情は天道の自然にして血脉の相續する處なれば。人倫の中に於は厚の至にて何事も是に及はなし。我身旣に沒して後家督の嗣子身持放蕩なれば。家を絕し身を滅す也。恩愛の甚しきを以て。敎戒なく子孫不行跡なるは是父の誤也。夫士は大丈夫を以て勇とす。故に其身富貴にても人をあなどらず。能道を守り。貧賤にても志賤からず行潔く。威猛き人にも恐れず勇氣撓ざる也。然ばこの大丈夫の志を以て愛惠の誠を子孫に盡さば。敎戒を嚴しく致べき事也。然るを一偏に不便なりとのみ思ふて。子孫を愛す計りにて敎なく育れば。姑息の仁とて老姥等が仕業なり。丈夫の志にはあらず。却て子孫の仇と成也。士は信勇を以て敎戒むべし。戒ざれば志士仁人にあらず。
現代語訳
一、子孫への慈しみは天道の自然であり、血脈が相続する所ですから、人倫の中では厚さの極みで、何事もこれに及ぶものはありません。自分が亡くなった後、家督を継ぐ子の身持ちが放蕩であれば、家を絶やし身を滅ぼします。恩愛が深いからといって教え戒めがなく、子孫が不行跡になるのは、父の誤りです。そもそも武士は大丈夫であることを勇とします。ですから、その身が富貴であっても人を侮らず、よく道を守り、貧賤であっても志が賤しくならず行いが潔く、威勢の強い人にも恐れず、勇気がたわまないのです。そうであれば、この大丈夫の志をもって愛情の誠を子孫に尽くすなら、教え戒めを厳しくするべきです。それなのにひたすら不憫だとばかり思って、子孫を愛するばかりで教えなく育てれば、それは姑息の仁といって老女たちの仕業です。大丈夫の志ではありません。かえって子孫の仇になります。武士は信と勇とをもって教え戒めなさい。戒めなければ志士仁人ではありません。
解説
この章句が説くこと
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