武家小学 / 衣食居は足るを知る
一麁服を恥て身に美服を飾り。口に麁食を嫌て厚味の旨を好。身を寛にして居の安からん事をねがふは。道に志す士とは言べからず。凡衣服は體を覆ひ隱すが爲なり。食は命を全する爲也。居は雨露を凌ぎ躰を休んが爲なり。然ば衣食居は只用るに足事を知て。其餘は華美を好むべからず。又身の勤も此三つの物の爲にする事なれば。身を佚樂にして居べき樣なし。故に居も安からん事を求事なかれ。衣食居は各分限相應成べし。其身の分限を越て華美なれば。度量相違するゆゑ。費多く財寶竭て武備を爲事あたはず。士の業必欠べし。又其身の分限より餘り疎畧過れば志も吝嗇となりて又正しからず。能ゝ其程よき處を守るべし
新字:一麁服を恥て身に美服を飾り。口に麁食を嫌て厚味の旨を好。身を寛にして居の安からん事をねがふは。道に志す士とは言べからず。凡衣服は体を覆ひ隠すが為なり。食は命を全する為也。居は雨露を凌ぎ体を休んが為なり。然ば衣食居は只用るに足事を知て。其余は華美を好むべからず。又身の勤も此三つの物の為にする事なれば。身を佚楽にして居べき様なし。故に居も安からん事を求事なかれ。衣食居は各分限相応成べし。其身の分限を越て華美なれば。度量相違するゆゑ。費多く財宝竭て武備を為事あたはず。士の業必欠べし。又其身の分限より余り疎略過れば志も吝嗇となりて又正しからず。能ゝ其程よき処を守るべし
書き下し
一麁服を恥て身に美服を飾り。口に麁食を嫌て厚味の旨を好。身を寛にして居の安からん事をねがふは。道に志す士とは言べからず。凡衣服は體を覆ひ隱すが爲なり。食は命を全する爲也。居は雨露を凌ぎ躰を休んが爲なり。然ば衣食居は只用るに足事を知て。其餘は華美を好むべからず。又身の勤も此三つの物の爲にする事なれば。身を佚樂にして居べき樣なし。故に居も安からん事を求事なかれ。衣食居は各分限相應成べし。其身の分限を越て華美なれば。度量相違するゆゑ。費多く財寶竭て武備を爲事あたはず。士の業必欠べし。又其身の分限より餘り疎畧過れば志も吝嗇となりて又正しからず。能ゝ其程よき處を守るべし
現代語訳
粗末な衣服を恥じて身に美しい服を飾り、口では粗末な食事を嫌って濃い味の美味を好み、身をくつろがせて住まいの安らかさを願うようでは、道に志す武士とは言えません。そもそも衣服は体を覆い隠すためのものです。食は命を全うするためです。居は雨露をしのぎ、体を休めるためです。ですから衣食居は、ただ用に足りることを知って、それ以上の華美を好んではなりません。また、身の勤めもこの三つのためにするのですから、身を安楽にして暮らしてよい理由はありません。ゆえに住まいも安らかであることを求めてはなりません。衣食居は、それぞれ分限に相応であるべきです。その身の分限を越えて華美であれば、度量が合わなくなるため、費用が多くなって財宝が尽き、武備を整えることができず、武士の業は必ず欠けるでしょう。また、その身の分限より粗略に過ぎれば、志もけちになって、これもまた正しくありません。よくよく、そのほどよい所を守りなさい。
解説
この章句が説くこと
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