武家小学 / 三つの容体を慎む
一凡士たるの道は行住座臥共に。暫も武の業を忘て放心する時は。必變に臨て常の心懸を失ひ。一生涯士の道を行ひ遂んとする格勤も。只一事に闕滅て本意を失ふべし。變の出るは何時も計りがたき事なれば。平日怠る事なかれ。禮記にも凡人の人たるわけは禮義有ゆゑなり。禮義の初は容體を正し。顏色をとゝのへ。辭令を順にするに有。容體正しく。顏色をとゝのひ。辭も順にして而後に禮義備るといへり。士としては行住座臥共に。此三つを愼むべし。
新字:一凡士たるの道は行住座臥共に。暫も武の業を忘て放心する時は。必変に臨て常の心懸を失ひ。一生涯士の道を行ひ遂んとする格勤も。只一事に闕滅て本意を失ふべし。変の出るは何時も計りがたき事なれば。平日怠る事なかれ。礼記にも凡人の人たるわけは礼義有ゆゑなり。礼義の初は容体を正し。顔色をとゝのへ。辞令を順にするに有。容体正しく。顔色をとゝのひ。辞も順にして而後に礼義備るといへり。士としては行住座臥共に。此三つを慎むべし。
書き下し
一凡士たるの道は行住座臥共に。暫も武の業を忘て放心する時は。必變に臨て常の心懸を失ひ。一生涯士の道を行ひ遂んとする格勤も。只一事に闕滅て本意を失ふべし。變の出るは何時も計りがたき事なれば。平日怠る事なかれ。禮記にも凡人の人たるわけは禮義有ゆゑなり。禮義の初は容體を正し。顏色をとゝのへ。辭令を順にするに有。容體正しく。顏色をとゝのひ。辭も順にして而後に禮義備るといへり。士としては行住座臥共に。此三つを愼むべし。
現代語訳
総じて武士たる道は、行住座臥(歩く、とどまる、座る、臥す)のいずれにおいても、少しの間でも武の業を忘れて心を放ってしまうと、必ず変事に臨んだ時に常日頃の心がけを失い、一生涯、武士の道を行い遂げようとする努力も、ただ一つの事で欠け失われて本意を失うでしょう。変事が起こるのは、いつとも計りがたいことですから、平日に怠ってはなりません。『礼記』にも、「およそ人が人である理由は、礼義があるからである。礼義の始まりは、容体を正し、顔色を整え、言葉づかいを従順にすることにある。容体が正しく、顔色が整い、言葉づかいも従順になって、その後に礼義が備わる」とあります。武士としては、行住座臥のいずれも、この三つを慎みなさい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武教小学』行住座臥行くには径に由らず、(子游曰く、澹台滅明は行くに径に由らず、と。朱子曰く、径とは路の小にして捷き者なり。動くこと必ず正を以てし、小を見て速やかならんと欲する意無し。楊氏曰く、後世径に由らざる者有れば、人必ず以て迂と為さん。孔子の徒に非ざれば、其れ孰か能く知りて之を取らん、と。)傍人を礙げず、非礼を為さず、過言を出ださず。門を出づるより、敵を見るが如くす。(道路は貴賤往来の径なり。辞譲の礼有れば、則ち喧嘩の事無し。若し誤りて下人の他を礙げ、馬に乗りて人を汚さば、速やかに我が誤錯の事を遜び、卑言して之を敬い之を礼すれば、則ち他何ぞ争論せん。怠れば則ち必ず礼を忘る。故に門を出づるより、敵を見るが如くす。孔子曰く、門を出でては大賓を見るが如し、と。是れ敬恭の切なるを表すなり。呉子曰く、備うる者は、門を出づるより、敵を見るが如し、と。是れ備えざる無きの謂いなり。)外に出でては即ち内を忘るべし。(已上は行法を言うなり。)往けば則ち前法の如し。(前章に出ず。)座しては則ち威儀を正し、用具を佩び、常に不虞の戒めを忘れず。(已上は座法を言うなり。)臥しては則ち尸せず、(論語に曰く、寝ぬるに尸せず、と。朱子曰く、尸とは偃臥して死人に似たるを謂う、と。)傍らに利器を離さず、夜戒を厳にす。(前章に出ず)皆人に先んじて其の労を為すべし。(已上は臥法を言うなり。)凡そ士為るの道は、行住及び座臥、暫くも心を放てば、則ち必ず変に臨みて常を失う。一生の恪勤、一事に於いて闕滅すべし。変の至るや、知るべからず。則ち豈に怠るべけんや。礼記に曰く、(冠義篇に出ず)凡そ人の人たる所以の者は、礼義なり。礼義の始めは、容体を正し、顔色を斉え、辞令を順にするに在り。容体正しく、顔色斉い、辞令順にして、後に礼義備わる、と。
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『武家小学』・家での座臥と備え一家に住時は。前章のどく(夙起夜寐に出たり)座する時は威儀を正し用具を佩て。常ゝ不意の變有節の心得を忘るべからず。臥時は戸せずとて。武備を忘て由斷して臥時は寐入て死人に似たるを言なり。是愼なく怠の顯るゝ所なり。士は目さとき樣に心懸べし。傍に利器を離さず。利器とは太刀脇差或は手鎗半弓の類を側に置て。不意の變に應ずることゝすべし。尤夜の戒を嚴くすべし(夜の戒の事前章に出たり)皆人より先立其勞を爲べし。人より先に休まんと欲るは士の法にあらず。殊更君に仕て勞する事有時は。人に先立。偖休む時は人に後て休むべし。
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『武家小学』・衣食居は足るを知る一麁服を恥て身に美服を飾り。口に麁食を嫌て厚味の旨を好。身を寛にして居の安からん事をねがふは。道に志す士とは言べからず。凡衣服は體を覆ひ隱すが爲なり。食は命を全する爲也。居は雨露を凌ぎ躰を休んが爲なり。然ば衣食居は只用るに足事を知て。其餘は華美を好むべからず。又身の勤も此三つの物の爲にする事なれば。身を佚樂にして居べき樣なし。故に居も安からん事を求事なかれ。衣食居は各分限相應成べし。其身の分限を越て華美なれば。度量相違するゆゑ。費多く財寶竭て武備を爲事あたはず。士の業必欠べし。又其身の分限より餘り疎畧過れば志も吝嗇となりて又正しからず。能ゝ其程よき處を守るべし
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『武家小学』・言葉遣いと品格一言語應對は志の適所とて。內に思ふ事ならでは外へ出ざる物なり。又思ひ內に有ば假初の戲言にも其情外へ顯るゝもの也。凡士の言語正しからざれば。其行も必猥なるものなり。故に士は懦弱の詞鄙劣なる詞をつかふ人は無下に賤敷見ゆる物なり。且詞に連て行も賤し。總じて詞は其人の器量程ならては出ざる物なり。故に鄙劣の言語を爲は上品の士にあらず。文を學ざるの費なりと言り。然ば士は各其詞を遣ふべし。先第一は戰法軍旅に何も武者詞あり武器馬具等にも各品々の名所あり。古來より用ひきたる所の詞を遣ふべし。其外貴人え對しての詞。役所にて公邊向の詞。葬祭。婚禮の時の詞等各法あり。詞を輕ゝ敷いたして節當らざれば應對に威儀も正しからず。却て無禮と成て必禍を招べし。况無用の詞多遣ふべからず。
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『士道心得書』・作法は嚴重に嚴重を要とす。行住座臥に威儀を正敷し、行儀作法を能く愼みて、卑賤のもの、振舞をなし、座すに曲り、行くに亂れ、臥すに死人の臥したる如く、作法の正しからざるは、士として有るまじき事なり。能く心得ずんば有るべからず。
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『山鹿語類』士道附錄・先生子弟警戒平生の動容周旋は、各々道の存する所なり。忽にすべからず。士唯だ軍戦の進退を思ひて、平日の礼容に詳らかならざるは、是れ君子の勇に非ざるなり。久しく危坐すれば、則ち足痿痺して、急難に奔走す。寒凍を憚りて手を懐にし、寒凍に閉ぢて手を亀む。共に難急の用に、手足の挙動不仁なれば、則ち武の用卒に欠く。然れども手足の挙動放逸なれば、則ち礼容に背く。此の間、専ら手足を練り身体を肆ふに在り。

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