武家小学 / 閑居の戒め
一君に仕るの道古は歲四十にして初て仕ふ。是を强仕の年と云。しゐて勤べき歲頃なり。人間四十歲にも成ば。是までに世の中の事を廣見聞て修行も積り分別も長て人の盛なれば。君に仕へ物に當て我了簡の能出る盛也。故に君に仕る歲とはいへり。然ども又歲に拘はらず子孫の器量を考へ若年といへども器量次第に仕官いたさすべし。偖士は老若共に君に仕といへ共猶其職役に閑暇多し。又は部屋住にて未君に仕へず。或は父母に早おくれ。又は父母在とも遠離て朝夕の勤をせず。斯のごとき時は猶暇多かるべし。暇多時は其志自然と怠生て家業を愼まず。士として飲食を飽までにし。暖に衣服を着て。道を行はざれば人而獸心と云者にて殆禽獸に類するなり。大學に小人閑居して不善を爲こと至ざる所なしと言り。されば道を學ばず月日を徒に過さば。閑なるに任て意縱に感。終には不善を爲にいたるべし。故に閑居の士に於は尤敎戒有べき事也。
新字:一君に仕るの道古は歳四十にして初て仕ふ。是を強仕の年と云。しゐて勤べき歳頃なり。人間四十歳にも成ば。是までに世の中の事を広見聞て修行も積り分別も長て人の盛なれば。君に仕へ物に当て我了簡の能出る盛也。故に君に仕る歳とはいへり。然ども又歳に拘はらず子孫の器量を考へ若年といへども器量次第に仕官いたさすべし。偖士は老若共に君に仕といへ共猶其職役に閑暇多し。又は部屋住にて未君に仕へず。或は父母に早おくれ。又は父母在とも遠離て朝夕の勤をせず。斯のごとき時は猶暇多かるべし。暇多時は其志自然と怠生て家業を慎まず。士として飲食を飽までにし。暖に衣服を着て。道を行はざれば人而獣心と云者にて殆禽獣に類するなり。大学に小人閑居して不善を為こと至ざる所なしと言り。されば道を学ばず月日を徒に過さば。閑なるに任て意縦に感。終には不善を為にいたるべし。故に閑居の士に於は尤教戒有べき事也。
書き下し
一君に仕るの道古は歲四十にして初て仕ふ。是を强仕の年と云。しゐて勤べき歲頃なり。人間四十歲にも成ば。是までに世の中の事を廣見聞て修行も積り分別も長て人の盛なれば。君に仕へ物に當て我了簡の能出る盛也。故に君に仕る歲とはいへり。然ども又歲に拘はらず子孫の器量を考へ若年といへども器量次第に仕官いたさすべし。偖士は老若共に君に仕といへ共猶其職役に閑暇多し。又は部屋住にて未君に仕へず。或は父母に早おくれ。又は父母在とも遠離て朝夕の勤をせず。斯のごとき時は猶暇多かるべし。暇多時は其志自然と怠生て家業を愼まず。士として飲食を飽までにし。暖に衣服を着て。道を行はざれば人而獸心と云者にて殆禽獸に類するなり。大學に小人閑居して不善を爲こと至ざる所なしと言り。されば道を學ばず月日を徒に過さば。閑なるに任て意縱に感。終には不善を爲にいたるべし。故に閑居の士に於は尤敎戒有べき事也。
現代語訳
主君に仕える道は、昔は四十歳になって初めて仕えました。これを強仕の年といい、無理をしてでも勤めるべき年ごろです。人間は四十歳にもなれば、それまでに世の中のことを広く見聞きし、修行も積み、分別も深まって、人としての盛りですから、主君に仕えて物事に当たり、自分の考えがよく出る盛りです。それで仕える年とされたのです。しかし年齢にこだわらず、子や孫の器量を考えて、若くとも器量次第で仕官させなさい。さて武士は老いも若きも主君に仕えているとはいえ、その職務にも暇が多いものです。あるいは部屋住みでまだ仕えていない者、あるいは父母に早く死に別れ、または父母がいても遠く離れて朝夕の務めをしない者など、こうした場合はいっそう暇が多いでしょう。暇が多い時は、その志が自然と怠けて、家業を慎まなくなります。武士でありながら、飽きるまで飲み食いし、暖かい衣服を着て、道を行わなければ、「人でありながら獣の心」というもので、ほとんど鳥獣に等しいのです。『大学』に「小人は閑居して不善を為し、至らざる所なし」とあります。ですから道を学ばず月日をむなしく過ごせば、暇にまかせて心がほしいままに乱れ、ついには不善をなすことになるでしょう。そのため、閑居している武士にこそ、特に教え戒めがあるべきなのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・問學・只だ是れ器度小なり學者の大病痛は、只だ是れ器度小なり。
-
『政談』諸役人器量の選別なる事諸役に各々その掌りありて、人の器量もその役儀に随ひて撰ひ別なるへし、老中なとは政務の本締なれは国政の全体に通達し、依怙贔負なく人の善きを育てゝをとなしき人にあらすんはその職に叶ひかたし、其の中に老中は遠大の智恵あらは瑣細なる働なくとも然るへし、若老中は仮令遠大成る智恵のかたは少くとも才智の筋を専らにすへし、両役ともに人を知り人を見出すことを職分の第一となすへし、右に云たる如くにつかさどりのすずを分けは、その筋々に随ひて器量の撰ひ人別なるへし、
-
『重職心得箇条』第十一条胸中を豁大(かつだい)寛広にすべし。僅少の事を大造に心得て、狹迫なる振る舞いあるべからず。仮令(たとえ)才ありてお其の用を果たさず。人を容るる気象と物を蓄うる器量こそ、誠に大臣の体と云ふべし。
-
『十善法語』巻第六・不惡口戒秦ノ始皇カ古書ヲ燔キ。儒者ヲ坑ニシ。阿房宮ヲ造営セシ。晋ノ武帝カ羊車ニ乗テ後宮ニ遊ヒシ類。心ノ憍慢ヨリ起ル。実ヲ剋シテ云ハ。ミナ小器量ニ摂ス。若万民ヲ以テ子トセハ。儒者モ邪魔ニハナラヌ。天下ヲ以テ家トセハ。阿房宮ハ狭小ナル造営シヤ。天地陰陽ノ和合ヲ楽ハ。別ニ多人ヲ後宮ニ閉置ニハ及ヌシヤ。誠ノ大丈夫ハ此ニ異ナル所有ヘキシヤ。
-
歎異抄・第十二条たとい自余の教法は勝れたりとも、自らがためには器量及ばざれば、つとめがたし。 我も人も生死を離れんことこそ諸仏の御本意にておわしませば、御妨げあるべからず」とて、にくい気せずは、誰の人かありて仇をなすべきや。
-
『政談』諸役人器量の選別なる事御目付は殿中御史の職なり、非法をたゝすを当職とす、法式になれすしては叶はさることなり、当時は御老中若老中のつかひものゝやうになりたるは、若老中に下つかさなき故なり、寺社奉行は寺社のをさめを第一とし、出家社家等に不法なきやうに下知すること当職なるへし、左れは寺社の古実も達せすんはあるへからす、地方は算勘の職別の仔細なし、町奉行は町の治を第一とし、町方に悪人多く出て町中治まらすんは町奉行の越度たるへし、寺社奉行も地方奉行も町奉行も当時は公事を捌くことを重とする故、治めのかたをは誰心付く人なし、治め悪しきときはたれも悪事も上たことなく、公事のことは別に公事奉行を立てゝ法律に通達したる人を用ゆへし、斯の如く御役の筋皆各別にて器量の筋も変り有ることなるに、当時は御老中若老中寺社奉行の外は、皆大方は目付より立身することなる故、何れの役も目付の風なり、又勲階と云ふ事のなき故立身の筋大方極まりて、一役を十年も二十年も一代に勤むるやうにすること成りかたし、役々の器量を相応に撰む筋失行たり、

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る