武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第85〜87条
一下々之批判、能々聞屆、縱如何樣腹立候共、堪忍以隱密可工夫事、語云、刁刀相似、魯魚參差、 一御歸陣之砌、片時不可御先江歸事、語云、愼終猶始、 一摠別如何樣御懇切候共、御裏向江節々不可立入事、語云、近朱赤、近墨黑、
新字:一下々之批判、能々聞届、縦如何様腹立候共、堪忍以隠密可工夫事、語云、刁刀相似、魯魚参差、 一御帰陣之砌、片時不可御先江帰事、語云、慎終猶始、 一摠別如何様御懇切候共、御裏向江節々不可立入事、語云、近朱赤、近墨黒、
書き下し
一、下々の批判、能々聞き届け、縦い如何様に腹立ち候うとも、堪忍し、隠密を以て工夫すべき事。語に云く、「刁と刀は相い似、魯と魚は参差たり」と。 一、御帰陣の砌り、片時も御先へ帰るべからざる事。語に云く、「終りを慎むこと始めの如くせよ」と。 一、総別如何様に御懇切候うとも、御裏向きへ節々立ち入るべからざる事。語に云く、「朱に近づけば赤く、墨に近づけば黒し」と。
現代語訳
第一に、下々の人々の批判はよく聞き届け、どれほど腹が立っても堪忍し、内密のうちに工夫すべきです。「刁と刀はよく似ており、魯と魚は字形がまぎらわしい」と云います。第二に、ご帰陣のときは、ほんのしばらくでも主君より先に帰ってはなりません。「終わりを慎むことは、始めのときと同じようにせよ」と云います。第三に、おおよそ、どれほど懇切に接していただいても、奥向きにたびたび立ち入ってはなりません。「朱に近づけば赤くなり、墨に近づけば黒くなる」と云います。
解説
最初の条は、下々からの批判を腹立ちながらも堪忍して聞き、人目を避けて工夫せよという教えです。字形の紛らわしい喩えは、聞き違い見間違いが多いことを示すのでしょう。二番目は、帰陣で主君より先に帰るなという条で、「終りを慎むこと始めの如くす」が根拠となります。三番目は、奥向きにたびたび立ち入るなという条で、朱と墨の喩えが、近づく相手に染まる怖さを示します。現代では、現場や顧客の不満を感情で受けず改善に回すこと、仕事の終盤こそ礼を尽くすこと、親しくなった上司の私的領域に立ち入りすぎないことが、信頼を保つ線引きになります。
この章句が説くこと
批判の受け止め堪忍終わりを慎む距離感朱に交われば武家家訓集
関連する章句
-
『武家家訓集』武田信繁家訓九十九箇条「第91〜93条」一、縦い箇の交わりたりと雖も、淫乱の雑談為すべからず、若し人の申し懸くるならば、日様を立てず其の座を立つべき事。語に曰く、「自己の心を用い尽くすも、他人の口を笑い破る」と。 一、人前に於いて、妄りに背語を為すべからざる事。戦国策に曰く、「其の善は賞すべし、其の悪は語るべからず」と。 一、手跡嗜むべき事。語に云く、「三代の遺直、翰墨に過ぐるは無し」と。
-
『武家家訓集』武田信繁家訓九十九箇条「第13〜15条」一、風流之を過ぐべからざる事。史記に云ふ、酒極まれば則ち亂れ、樂極まれば則ち悲しむ、と。左傳に云ふ、宴安は鴆毒なり、思ふべからず、と。又語に曰く、賢を賢として色に易ふ、と。 一、尋預方に對し疎略すべからざる事。論語に曰く、朋友と交はるに、言ひて信ならずや、と。 一、事ごとに堪忍の二字を意に懸くべき事。古語に云ふ、胯下の恥は小辱なり、漢の功を成すは大功なり、と。又云ふ、一期の怒りに其の身を失ふ、と。
-
『武家家訓集』武田信繁家訓九十九箇条「第58〜60条」一、貴人に対し、縦使い千万の道理有りといえども、理強く申すべからざる事。云く、「多言は身を害す」と。 一、過ちは争うべからず、自今以後嗜むこと肝要の事。語に云く、「過てば則ち改むるに憚ること勿かれ」。又云く、「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」と。 一、深く思い立つ儀有りといえども、余義無き異見に就いては、其の意に任すべき事。語に云く、「信、義に近ければ、言復むべし」と。
-
『武家家訓集』武田信繁家訓九十九箇条「第67〜69条」一、佞人の心を持つべからざる事。軍識に曰く、「佞人上に在れば、一軍皆訟す」と。 一、召さるる時、少しも遅参すべからざるの事。語に云く、「君命じて召せば、則ち駕を俟たずして行く」と。 一、武略其の外隠密の義、他言すべからざる事。易に云く、「其の機密ならざれば、則ち害を成す」。史記に云く、「事は密を以て成り、語は泄るるを以て敗る」と。
-
『武家家訓集』武田信繁家訓九十九箇条「第46〜48条」一、諸卒敵方に對し、惡口を道ふべからざる事。語に云ふ、蛟蜂を呵起し、迅を奪ひて龍と成る、と。 一、縱ひ心安き親類被官たりと雖も、柔弱の趣を見すべからざる事。三略に云ふ、勇無ければ則ち吏士恐れず、と。 一、餘りに過ぎたる進退の業、爲すべからざる事。語に云ふ、好むこと多ければ終に成らず、不性なれば何ぞ好むことを得ん、と。又云ふ、過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし、と。
-
『武家家訓集』武田信繁家訓九十九箇条「第31〜33条」一、屋形樣如何樣に曲無く御擬候ふとも、述懷すべからざる事。云ふ、君は君たらずと雖も、臣は以て臣たらずんばあるべからず、と。又云ふ、鹿を逐ふ者は山を見ず、と。又云ふ、下たる者上を計る莫かれ、と。 一、召使ふ者の折檻の事、小科の時は誡むべし、大科に及べば則ち、身體の破滅疑ひ無き事。大公曰く、兩葉去らざれば則ち將に斧柯を用ひんとす、と。付けたり、但し小科を以て節々折檻に及べば、機に依りて退屈すべきか。呂氏春秋に曰く、令苛なれば則ち聽かず、禁多ければ則ち行はれず、と。 一、百姓に對し、定むる所の所務の外、非分を爲すべからざる事。軍識に曰く、上虐を行へば則ち下急刻にして、賦斂重く數にして、刑罰極まり無く、民相殘賊す、と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る