武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第46〜48条
一諸卒對敵方、不可道惡口事、語云、呵起蛟蜂、奪迅成龍、 一縱雖爲心安親類被官、不可見柔弱之趣事、三略云、無勇則吏士不恐、 一餘過進退業、不可爲事、語云、好多終不成、不性何得好、又云、過猶不及、
新字:一諸卒対敵方、不可道悪口事、語云、呵起蛟蜂、奪迅成竜、 一縦雖為心安親類被官、不可見柔弱之趣事、三略云、無勇則吏士不恐、 一余過進退業、不可為事、語云、好多終不成、不性何得好、又云、過猶不及、
書き下し
一、諸卒敵方に對し、惡口を道ふべからざる事。語に云ふ、蛟蜂を呵起し、迅を奪ひて龍と成る、と。 一、縱ひ心安き親類被官たりと雖も、柔弱の趣を見すべからざる事。三略に云ふ、勇無ければ則ち吏士恐れず、と。 一、餘りに過ぎたる進退の業、爲すべからざる事。語に云ふ、好むこと多ければ終に成らず、不性なれば何ぞ好むことを得ん、と。又云ふ、過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし、と。
現代語訳
一、兵たちは、敵方に対して悪口を言ってはなりません。「蛟や蜂を呵して起こし、迅さを奪って龍となる」といいます。一、たとえ気心の知れた親類や被官(家臣)であっても、弱々しい様子を見せてはなりません。『三略』に「勇がなければ、吏士は恐れない」とあります。一、あまりに度を過ぎた進退の振る舞いは、してはなりません。「好むことが多ければ結局成就せず、不性(怠け者)ならどうして好むことができようか」といいます。また「過ぎたるは及ばざるがごとし」ともいいます。
解説
敵への悪口を慎む、身内にも弱さを見せない、度を過ぎた振る舞いをしない、の三条です。悪口の条は、敵を刺激して力を引き出してしまう危険を、蛟蜂や龍のたとえで示すと読めますが、引用の意味は取りにくいところです。弱さを見せるなという条は、勇がなければ部下は恐れないという三略の句で、威の保ち方を述べます。過ぎたるは及ばざるがごとしで結ぶ最後の条は、極端を戒めます。現代では、競合を貶めない、身内の前でも弱気を見せない、働き方の極端を避けるという三つに読み替えられます。
この章句が説くこと
悪口威厳中庸過ぎたるは及ばざるがごとしリーダー武家家訓集
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