武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第64〜66条
一餘不可人疑心之事、三略曰、三軍之禍不過狐疑、 一不可批判人之過事、語曰、好事與他、 一嫉妬之咎、堅可申付事、云、緩堅引賊媒、面塗粉引婬媒、
新字:一余不可人疑心之事、三略曰、三軍之禍不過狐疑、 一不可批判人之過事、語曰、好事与他、 一嫉妬之咎、堅可申付事、云、緩堅引賊媒、面塗粉引婬媒、
書き下し
一、余り人を疑心すべからざるの事。三略に曰く、「三軍の禍は狐疑に過ぎず」と。 一、人の過ちを批判すべからざる事。語に曰く、「好事は他に与えよ」と。 一、嫉妬の咎、堅く申し付くべき事。云く、「緩堅は賊を引くの媒、面に粉を塗るは婬を引くの媒」と。
現代語訳
第一に、むやみに人を疑ってはなりません。三略に「全軍にとっての災いは、疑い迷うこと以上のものはない」とあります。第二に、人の過ちを批判してはなりません。「よいことは他人に譲れ」と云います。第三に、嫉妬の罪は厳しく申し付けるべきです。「しまりのない蔵は盗賊を呼ぶ仲立ちとなり、顔に化粧を塗りたてるのは淫らな事を呼ぶ仲立ちとなる」と云います。
解説
三条はいずれも、人間関係の濁りを断つ心得です。一つ目は疑心への戒めで、三軍の禍は狐疑に過ぎないという三略の句が、疑う心が軍全体を動かなくさせると教えます。二つ目は人の過ちを批判するなという条で、「好事は他に与えよ」が添えられ、手柄は譲り、人の過ちには口を出さない姿勢が示されます。三つ目は、嫉妬は厳しく処するべきで、隙を見せれば災いを招くという喩えが付きます。現代では、疑心暗鬼による意思決定の停滞、人前での過ちの指摘、同僚への嫉妬から生じる足の引っ張り合いが、組織の最も身近な課題です。
この章句が説くこと
疑心暗鬼批判を慎む嫉妬三略職場の信頼武家家訓集
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