武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第55〜57条
一善惡可能正事、三略曰、廢一善則衆善衰、賞一惡則衆惡歸、 一食物到來之時、眼前伺候之衆、少宛可配分事、三略云、昔日良將用兵、有饋簞醪者、使投諸河、與士卒同流飲、 一每篇無功作、而難爲立身候事、云、千里行從一步始、
新字:一善悪可能正事、三略曰、廃一善則衆善衰、賞一悪則衆悪帰、 一食物到来之時、眼前伺候之衆、少宛可配分事、三略云、昔日良将用兵、有饋箪醪者、使投諸河、与士卒同流飲、 一毎篇無功作、而難為立身候事、云、千里行従一歩始、
書き下し
一、善悪能く正すべき事。三略に曰く、「一善を廃すれば則ち衆善衰え、一悪を賞すれば則ち衆悪帰す」と。 一、食物到来の時、眼前に伺候の衆、少しずつ配分すべき事。三略に云く、「昔日の良将、兵を用うるに、簞醪を饋る者有り、諸を河に投ぜしめ、士卒と流れを同じくして飲む」と。 一、毎篇功無く作して、立身し難く候う事。云く、「千里の行も一歩より始まる」と。
現代語訳
第一に、善と悪はよく見分けて正さなければなりません。三略に「一つの善行を捨てれば多くの善行が衰え、一つの悪行を賞すれば多くの悪行が集まってくる」とあります。第二に、食べ物が届いたときは、目の前に控えている者たちに少しずつでも分け与えるべきです。三略に「昔の名将が軍を率いていたとき、酒を一樽贈ってくる者があった。将はそれを川に注がせ、兵士たちと同じ流れの水を飲んだ」とあります。第三に、どの篇も成果なく作り、それでは身を立てにくいということです(この条の字は読み取りにくく、意味は推測を含みます)。「千里の道も一歩から始まる」と云います。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 張釈之馮唐列伝臣愚かにして、以為へらく陛下の法太だ明らかにして、賞太だ軽く、罰太だ重しと。且つ雲中の守魏尚は、上功の首虜六級を差(たが)へしに坐して、陛下之を吏に下し、其の爵を削り、之を罰作す。此れに由りて之を言へば、陛下廉頗・李牧を得と雖も、用ふること能はざるなり。臣誠に愚かにして、忌諱に触る。死罪死罪」と。文帝説(よろこ)ぶ。是の日馮唐をして節を持して魏尚を赦さしめ、復た以て雲中の守と為し、而して唐を拝して車騎都尉と為し、中尉及び郡国の車士を主らしむ。七年、景帝立ち、唐を以て楚の相と為し、免ぜらる。武帝立ち、賢良を求め、馮唐を挙ぐ。唐時に年九十余、復た官を為すこと能はず。乃ち唐の子馮遂を以て郎と為す。遂は字は王孫、亦奇士にして、余と善し。太史公曰く、張季の長者を言ふ、法を守りて意に阿(おもね)らず。馮公の将率を論ずる、味有るかな、味有るかな。語に曰く「其の人を知らずんば、其の友を視よ」と。二君の称誦する所は、廊廟に著すべし。書に曰く「偏せず党せず、王道蕩蕩たり。党せず偏せず、王道便便たり」と。張季・馮公之に近し。
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『韓非子』心度第五十四刑勝てば民静かに、賞繁ければ姦生ず。故に民を治むる者は、刑勝つは、治の首なり、賞の繁きは、亂の本なり。
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『春秋左氏伝』僖公二十八年 魏犨、距躍三百三月、丙午、曹に入る。之を數むるに、其の僖負羈を用ゐずして軒に乘る者三百人なるを以てす。且つ曰く、「狀を獻ぜよ」と。僖負羈の宮に入る無くして其の族を免さしむ、施しに報ゆるなり。魏犨・顛頡怒りて曰く、「勞を之れ圖らず、報ゆるに何か有らん」と。僖負羈氏を爇く。魏犨胸を傷つく。公之を殺さんと欲するも其の材を愛し、問はしめ、且つ之が病を視しむ。將に之を殺さんとす。魏犨胸を束ね、使者に見えて曰く、「君の靈を以て、寧んずること有らず」と。距躍すること三百、曲踊すること三百。乃ち之を舍し、顛頡を殺して以て師に徇へ、舟之僑を立てて以て戎右と為す。宋人門尹般をして晉の師に如きて急を告げしむ。公曰く、「宋人急を告ぐ、之を舍けば、則ち絕たん。楚に告ぐるも、許さず。我戰はんと欲す、齊・秦未だ可ならず、之を若何せん」と。先軫曰く、「宋をして我を舍てて齊・秦に賂ひ、之に藉りて楚に告げしめん。我曹君を執へて曹・衛の田を分かちて以て宋人に賜はん。楚は曹・衛を愛す、必ず許さざらん。喜び・賂ひ・怒り・頑なり、能く戰ふこと無からんや」と。公說び、曹伯を執へ、曹・衛の田を分かちて以て宋人に畀ふ。
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