武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第43〜45条
一至勝軍者、不立足、可乘押付、但敵之同勢不崩者、備可持直事、三略曰、戰如風發、 一軍近付則、人衆荒可抑、故者士卒移怒拂者也、司馬法曰、少威而柔、則如水之弱、人押而翫之、多威而剛、則如火之熱、人望畏之、 一敵之多勢並備、其外於人前不可談實樣事、三略云、莫使辯士談說敵美、
新字:一至勝軍者、不立足、可乗押付、但敵之同勢不崩者、備可持直事、三略曰、戦如風発、 一軍近付則、人衆荒可抑、故者士卒移怒払者也、司馬法曰、少威而柔、則如水之弱、人押而翫之、多威而剛、則如火之熱、人望畏之、 一敵之多勢並備、其外於人前不可談実様事、三略云、莫使弁士談説敵美、
書き下し
一、勝軍に至りては、足を立てず押し付けに乘るべし。但し敵の同勢崩れざれば、備へを持ち直すべき事。三略に曰く、戰は風の發するが如し、と。 一、軍近付けば、人衆荒きを抑ふべし。故は士卒怒りを移し拂ふ者なり。司馬法に曰く、威少なくして柔なれば、則ち水の弱きが如く、人押して之を翫ぶ、威多くして剛なれば、則ち火の熱きが如く、人望みて之を畏る、と。 一、敵の多勢並びに備へ、其の外は人前に於いて實樣を談ずべからざる事。三略に云ふ、辯士をして敵の美を談說せしむる莫かれ、と。
現代語訳
一、勝ち戦になったときは、足を止めずに押しつけに乗じるべきです。ただし敵の同勢が崩れていなければ、備えを立て直すべきです。『三略』に「戦は風が起こるようである」とあります。一、戦が近づいたら、人々の荒ぶる気持ちを抑えるべきです。その理由は、兵が怒りを移し払ってしまうからでしょう。『司馬法』に「威が少なく柔らかければ水の弱さのようで、人は押してこれを弄ぶ。威が多く剛ければ火の熱さのようで、人は望んでこれを畏れる」とあります。一、敵の多勢や備えについて、そのほかも、人前で実の様子を語ってはなりません。『三略』に「弁の立つ者に、敵の美点を語り説かせてはならない」とあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『家道訓』巻之三・総論下一家人に対するに、厳正にして厚重なれば、おのづから威ありて人あなどらず。かくの如くなれば、怒りてはげしく悪言を出さざれども、人おそる。一子弟はいふに及ばず、下部に対すとも、其の罪あるをいかり、悪言を出していやしむべからず。又うちたたきはづかしめて、犬馬の如くいやしむべからず。下部も亦人の子にして、人倫なり。人倫の交此のごとく情なかるべからず。いやしくとも、人倫の道を以てつかふべし。いはんや天地のうみて子としてあはれみ給ふ人なれば、いやしめにくむべからず。又人の過悪を責めて、人のために我が心を乱して、怒りにやぶらるべからず。是己ををさめ人ををさむる道を失へりといふべし。怒甚しければ、必ず目をいららげことばをあらくして、人をいやしむるにいたる。君子のしわざ、此の如く心をとりみだしてみぐるしかるべからず。又責めらるる者は、我が悪しきをわすれ、恥辱にあひたるを本意なくおもひ、いかりうらみて心服せず。下部にあやまりあらば、只従容として誠を以ていましめ正さば、彼もし人心あらば感通すべし。
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牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
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言志四録・言志耋録 第二百五十四条 威あって猛からず人主は最も明威を要す。徳威惟れ威なれば、則ち威あって猛からず。徳明惟れ明なれば、則ち明にして察ならず。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒此位アリテ居ル。下ヲ侮レバ害ノ生スルコトヲ知ル。乱世ニハ功労ノ臣ト坐起ヲ共ニシテ其忠義ヲ励マス。治世ニハ。有徳ヲ尊重シテ風化ヲ淳厚ニスルト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。諸ノ賢聖徳ヲ隠シテ凡夫ニ如同スル。此儀シヤ。此富アリテ有ツ。妄ニ用フレハ徳ヲ敗ルコトヲ知ル。財利民ノ為ニツム。器械国ノ為ニ設ク。城邑橋梁。神社仏閣。ソノ教ニ随テ国界ヲ荘厳スルト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。資財ミナ三宝ニ帰シテ自ラ畜積セヌ。此儀シヤ。此威力アリテ他ヲ伏スル。驕レハ禍蕭牆ノ中ニ起ル。顔色常ニ和ス。威厳此中ニアリテ尽ルコトナイ。音声常ニ和ス。威厳此中ニ在テ尽ルコトナイ。挙動常ニ謙下ス。威厳此中ニ在テ尽ルコトナイ。万国ヲ制伏スルニ。十分ノ威権ヲ用ヒヌ。此中威海外ヲ靡ケ。徳鰥寡ニ及フト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。遺教経ニ執持応器以乞自活。自見如是トアル。此儀シヤ。
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『武家家訓集』黒田如水教諭「威とは」一大將たる人は威といふものなくては萬人の押へ成がたし、去ながら惡しく心得て態と我身に威を拵て付けんとするは却て大なる害となるものなり、其故は只諸人におぢらるゝ樣に身を持なすを威と心得家老に迄ても威高く事もなきに目をいからし詞をあらくし人の諫を聞入れず、我に非有時もかさ押に言まぎらし我意を振舞によつて家老も諫を言ずおのづから身を引樣に成行ものなり、家老さへ如斯なればまして諸士末々に至迄只おぢおそれたる迄にて忠義のおもひをなす者なく我身構をのみして奉公を質によく勤る事なし、かく高慢に人をないがしろにする故臣下萬民うとみて必家を失ひ國亡ぶるものなれば能々可心得事なり、誠の威といふは先其身の行儀正敗理非賞罰明らかなるは、強て人をしかりおどす事はなけれども、臣下萬民敬ひ恐れて上をあなどり法をかろしむるものなくしておのづから威備るものなり、
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史記 楽書是を以て情見はれて義立ち、楽終はりて徳尊し。君子は以て善を好み、小人は以て過ちを息む。故に曰く「生民の道、楽を大と為す」と。君子曰く、礼楽は以て斯須も身を去るべからず。楽を致めて以て心を治むれば、則ち易直子諒の心油然として生ず。易直子諒の心生ずれば則ち楽しみ、楽しめば則ち安く、安ければ則ち久しく、久しければ則ち天なり、天なれば則ち神なり。天なれば則ち言はずして信あり、神なれば則ち怒らずして威あり。楽を致むるは、以て心を治むる者なり。礼を致むるは、以て躬を治むる者なり。躬を治むれば則ち荘敬、荘敬なれば則ち厳威なり。心中斯須も和せず楽しまざれば、而ち鄙詐の心之に入る。外貌斯須も荘ならず敬ならざれば、而ち慢易の心之に入る。故に楽なる者は、内に動く者なり。礼なる者は、外に動く者なり。楽は和を極め、礼は順を極む。内和して外順なれば、則ち民其の顔色を瞻て与に争はず、其の容貌を望みて民易慢を生ぜず。徳煇内に動きて民承け聴かざる莫く、理外に発して民承け順はざる莫し、故に曰く「礼楽の道を知りて、挙げて之を錯けば天下難き無し」と。楽なる者は、内に動く者なり。礼なる者は、外に動く者なり。故に礼は其の謙を主とし、楽は其の盈を主とす。礼は謙にして進み、進むを以て文と為す。楽は盈ちて反り、反るを以て文と為す。礼謙にして進まざれば、則ち銷ゆ。楽盈ちて反らざれば、則ち放つ。故に礼に報有りて楽に反有り。礼其の報を得れば則ち楽しみ、楽其の反を得れば則ち安し。礼の報、楽の反、其の義一なり。夫れ楽とは楽しむなり、人情の免るる能はざる所なり。楽は必ず声音に発し、動静に形はる、人の道なり。声音動静、性術の変、此に尽くす。故に人楽しみ無き能はず、楽しめば形無き能はず。形はれて道を為さざれば、乱無き能はず。
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