言志四録 / 言志耋録 第二百五十四条 威あって猛からず
人主最要明威。德威惟威。則威而不猛。德明惟明。則明而不察。
新字:人主最要明威。徳威惟威。則威而不猛。徳明惟明。則明而不察。
書き下し
人主は最も明威を要す。徳威惟れ威なれば、則ち威あって猛からず。徳明惟れ明なれば、則ち明にして察ならず。
現代語訳
君主にとって最も大切なのは、明察と威厳である。徳による威厳こそが真の威厳であれば、威厳があっても猛々しくはならない。徳による明察こそが真の明察であれば、明察であっても細かく詮索しすぎることはない。
解説
上に立つ者に必要な明察と威厳を、徳という土台から論じた一条です。書経の呂刑篇に「徳威惟れ畏れ、徳明惟れ明らかなり」という言葉があり、一斎はこれを踏まえています。力や地位による威厳は人を萎縮させ、猛々しさに傾きます。論語で孔子が「威あって猛からず」と評されたように、徳に裏打ちされた威厳は、人を圧することなく自然に重みを持つ。明察も同じで、才知による明察は細部まで暴き立てる「察」に陥りますが、徳による明察は見えていても追い詰めない。部下の行動をどこまで見て、どこから見逃すか、厳しさと温かさをどう両立させるかを考える材料になります。
この章句が説くこと
威厳明察徳統率為政
関連する章句
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牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
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『呻吟語』外篇・治道・姑息の禍は威嚴より甚だし姑息の禍は威嚴より甚だし。此れ長厚者と道ふ可からず。
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『呻吟語』外篇・治道・威其の愛に克つ大眾を動かし、萬民を齊ふるには、之に主とするに慈愛を以てして、之を行ふに威嚴を以てするを要す。故に曰く、「威其の愛に克つ」と。又た曰く、「一たび怒りて天下の民を安んず」と。若し姑息寬緩、煦煦沾沾たらば、便ち是れ婦人の仁にして、一些の事も濟し得ず。
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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史記 楽書是を以て情見はれて義立ち、楽終はりて徳尊し。君子は以て善を好み、小人は以て過ちを息む。故に曰く「生民の道、楽を大と為す」と。君子曰く、礼楽は以て斯須も身を去るべからず。楽を致めて以て心を治むれば、則ち易直子諒の心油然として生ず。易直子諒の心生ずれば則ち楽しみ、楽しめば則ち安く、安ければ則ち久しく、久しければ則ち天なり、天なれば則ち神なり。天なれば則ち言はずして信あり、神なれば則ち怒らずして威あり。楽を致むるは、以て心を治むる者なり。礼を致むるは、以て躬を治むる者なり。躬を治むれば則ち荘敬、荘敬なれば則ち厳威なり。心中斯須も和せず楽しまざれば、而ち鄙詐の心之に入る。外貌斯須も荘ならず敬ならざれば、而ち慢易の心之に入る。故に楽なる者は、内に動く者なり。礼なる者は、外に動く者なり。楽は和を極め、礼は順を極む。内和して外順なれば、則ち民其の顔色を瞻て与に争はず、其の容貌を望みて民易慢を生ぜず。徳煇内に動きて民承け聴かざる莫く、理外に発して民承け順はざる莫し、故に曰く「礼楽の道を知りて、挙げて之を錯けば天下難き無し」と。楽なる者は、内に動く者なり。礼なる者は、外に動く者なり。故に礼は其の謙を主とし、楽は其の盈を主とす。礼は謙にして進み、進むを以て文と為す。楽は盈ちて反り、反るを以て文と為す。礼謙にして進まざれば、則ち銷ゆ。楽盈ちて反らざれば、則ち放つ。故に礼に報有りて楽に反有り。礼其の報を得れば則ち楽しみ、楽其の反を得れば則ち安し。礼の報、楽の反、其の義一なり。夫れ楽とは楽しむなり、人情の免るる能はざる所なり。楽は必ず声音に発し、動静に形はる、人の道なり。声音動静、性術の変、此に尽くす。故に人楽しみ無き能はず、楽しめば形無き能はず。形はれて道を為さざれば、乱無き能はず。
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