武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第19〜21条
一對家中之郎從、慈悲肝要事、三略曰、使民如四支、 一家來之者、冠落之時、縱雖造作入候、一途可加下知事、軍識曰、思士如渴、 一忠節之臣不可忘事、三略曰、善惡同則功臣倦、
新字:一対家中之郎従、慈悲肝要事、三略曰、使民如四支、 一家来之者、冠落之時、縦雖造作入候、一途可加下知事、軍識曰、思士如渇、 一忠節之臣不可忘事、三略曰、善悪同則功臣倦、
書き下し
一、家中の郎從に對し、慈悲肝要の事。三略に曰く、民を使ふこと四支の如くす、と。 一、家來の者、冠落の時、縱ひ造作入り候と雖も、一途に下知を加ふべき事。軍識に曰く、士を思ふこと渴するが如し、と。 一、忠節の臣忘るべからざる事。三略に曰く、善惡同じければ則ち功臣倦む、と。
現代語訳
一、家中の家来に対しては、慈悲が肝要です。『三略』に「民を使うことは、自分の手足のように使う」とあります。一、家来の者が「冠落」(意味の取りにくい語です)のとき、たとえ手間がかかっても、ひたすら下知を加えるべきです。『軍識』に「士を思うことは、渇いた者が水を求めるようである」とあります。一、忠節の臣を忘れてはなりません。『三略』に「善と悪が同じ扱いなら、功ある臣は倦み疲れる」とあります。
解説
部下を手足のように扱う慈悲、手間を惜しまず指示を出すこと、忠節の臣を忘れないことの三条です。手足は思い通りに動く反面、傷つけば自分が痛む存在です。士を思うことを渇きにたとえる句は、人材を求める強さを示します。善悪を同じに扱えば功臣が倦むという句は、評価を区別せよという意味です。現代では、部下を育てる手間を惜しまない、貢献した人を適切に評価する、という二つの実務に置き換えられます。「冠落」の語は意味が取りにくく、訳も仮のものです。
この章句が説くこと
部下育成慈悲評価功臣人材武家家訓集
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