武家家訓集 / 毛利元就三子教訓状人を多く失った因果
一我等事、存知之外人を多うしない候之條、此因果候はて叶まじく候と、內々せうしにて候、然間かたがたの御事、此段御つゝしみ肝要候〱、元就一世之內に報候へば不及申候、
新字:一我等事、存知之外人を多うしない候之条、此因果候はて叶まじく候と、内々せうしにて候、然間かたがたの御事、此段御つゝしみ肝要候〱、元就一世之内に報候へば不及申候、
書き下し
一我等事、存知之外人を多うしない候之條、此因果候はて叶まじく候と、內々せうしにて候、然間かたがたの御事、此段御つゝしみ肝要候〱、元就一世之內に報候へば不及申候、
現代語訳
私は思いのほか人を多く失ったので、この因果は報いを受けなければなるまいと、ひそかに覚悟している。そのため、あなたがたもこの点は慎むことが肝心である。元就の一代のうちに報いがあれば、言うまでもないことである。
解説
多くの人を死なせてきた自分には因果の報いがあるだろうと、元就が内心に覚悟を語る条です。そのため子たちにも慎むことが肝心だと述べ、報いが自分一代で済むなら言うことはないと結びます。因果という仏教の考えが、戦国の武将の自省として現れています。権力者が自分の過去の責任を認め、それが子に及ばぬよう願う姿勢です。現代の経営者も、成長の過程で人や取引先に負担をかけた経験があるでしょう。その責任を自覚し、次世代に同じ重荷を引き継がせないよう、慎みを伝えることが後継者教育の一部になります。
この章句が説くこと
因果自省責任慎み後継者教育武家家訓集
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