武家家訓集 / 毛利元就三子教訓状孫の代まで
一孫之代まても、此しめしこそあらまほしく候、さ候者三家數代を可被保之條、かやうにこそあり度は候へ共、末世之事候間、其段までは及なく候、さりとては三人一代づゝの事は、はたと此御心持候はては、名利之二つ可被失候〱、
新字:一孫之代まても、此しめしこそあらまほしく候、さ候者三家数代を可被保之条、かやうにこそあり度は候へ共、末世之事候間、其段までは及なく候、さりとては三人一代づゝの事は、はたと此御心持候はては、名利之二つ可被失候〱、
書き下し
一孫之代まても、此しめしこそあらまほしく候、さ候者三家數代を可被保之條、かやうにこそあり度は候へ共、末世之事候間、其段までは及なく候、さりとては三人一代づゝの事は、はたと此御心持候はては、名利之二つ可被失候〱、
現代語訳
孫の代までも、この教えはあってほしい。そうなれば三家が数代を保てるのだから、このようにありたいが、末世のことでもあるので、そこまでは及ばない。それでも三人一代ずつのことは、きっとこの心持ちでなくては、名と利の二つを失うだろう。
解説
この教えが孫の代まで続いてほしいと願いつつ、末世のことだからそこまでは望めないと、自分の願いの限界も認める条です。それでも三人が生きている一代は、この心持ちがなければ名と利の二つを失うと言います。理想を高く掲げながら、実際に確保できる範囲は現実的に区切っている点に、元就の冷静さが現れています。ここでいう「名利」は名誉と利益を指します。事業承継では、何代先まで続くかを指示するより、まず現在の世代で結束を貫くことが先だという見立てと読めます。長期の理想と、当面の責任は分けて考えるべきです。
この章句が説くこと
事業承継世代理想と現実名と利責任武家家訓集
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