武家家訓集 / 毛利元就三子教訓状亡き母妙玖の追善
一妙玖ゑの、みな〱の御とぶらひも御屆も、是にしくまじく候〱、
新字:一妙玖ゑの、みな〱の御とぶらひも御届も、是にしくまじく候〱、
書き下し
一妙玖ゑの、みな〱の御とぶらひも御屆も、是にしくまじく候〱、
現代語訳
亡き妙玖へのみなさまの供養も、お届けも、これにまさるものはないでしょう。
解説
亡き母の妙玖への追善について述べた短い条です。三人が揃って結束することこそ、母への何よりの供養になる、という含みです。妙玖は、元就の妻で三兄弟の母を指す名と考えられますが、この条の本文は一文のみで、詳しい背景は書かれていません。教訓状は、家を守る理屈の間に、亡き人への思いを差し込んでいます。厳しい論を続けるなかで、情の面から結束を促す配置になっています。現代の組織でも、創業者や先人の思いに報いる最善の形は、残された者が協力し合うことだと考えると、この一条の意図が伝わります。
この章句が説くこと
追善結束供養感謝情武家家訓集
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