武家家訓集 / 北条早雲廿一箇条第13条
一宿老の方々御縁に祗候の時、腰を少々折て手をつき通るべし、はゞからぬ體にて、あたりをふみならし通る事、以の外の虛外也、諸侍いづれも慇懃にいたすべき也、
新字:一宿老の方々御縁に祗候の時、腰を少々折て手をつき通るべし、はゞからぬ体にて、あたりをふみならし通る事、以の外の虚外也、諸侍いづれも慇懃にいたすべき也、
書き下し
一宿老の方々御縁に祗候の時、腰を少々折て手をつき通るべし、はゞからぬ體にて、あたりをふみならし通る事、以の外の虛外也、諸侍いづれも慇懃にいたすべき也、
現代語訳
宿老(重臣)の方々が御縁(縁側)に控えておられるときには、腰を少し折り、手をついて通りなさい。遠慮のない様子で、あたりを踏み鳴らして通るのは、もってのほかの無礼です。諸侍はいずれも丁寧に振る舞うべきです。
解説
重臣たちが縁側に控えている前を通るときの作法を述べる条です。腰を少し折り手をついて通り、遠慮なくあたりを踏み鳴らして歩くのはもってのほかの無作法だと戒め、侍はみな丁寧にせよと結びます。ここで求められているのは、目上への敬意が、歩き方という体の動きに表れるということです。細かい作法に見えても、敬意を示す基準が明確なので迷いが起こりません。現代の組織でも、役員や年長者、来客の前を通る際の足音や姿勢、一礼といった小さな振る舞いが、その人の印象と組織の品位を決めます。形式を軽んじず、相手に敬意を行動で伝える大切さが読み取れます。
この章句が説くこと
礼儀敬意作法宿老品位武家家訓集
関連する章句
-
葉隠・聞書第一何某(なにがし)へ町方(まちかた)の何某が訴状(そじょう)を渡すべしと申し候時、請け取るまじきと申し候を、何某が居合わせ、「まず請け取り置き候て、無用と候わば返し申され候えかし」と申し候に付いて、「さらば請け取り置くべし」と申し候時、「請け取らせる物を請け取らずに置く事がなるものか」と、いやしめ申され候由、話す人あり。役所々々(やくしょやくしょ)にて慇懃に取り合うのが士の作法にてあらずとなり。
-
孟子・離婁章句上樂正子、子敖に從いて齊に之く。樂正子、孟子に見ゆ。孟子曰く、「子も亦た來たりて我を見るか。」曰く、「先生何為れぞ此の言を出だすや。」曰く、「子來たること幾日ぞ。」曰く、「昔者なり。」曰く、「昔者ならば、則ち我、此の言を出だすも、亦た宜ならずや。」曰く、「舍館未だ定まらざればなり。」曰く、「子、之を聞けりや。舍館定まりて、然る後に長者に見ゆることを求むるか。」曰く、「克、罪有り。」 <語釈> ○「樂正子」、趙注:魯の人樂正克、孟子の弟子なり、齊の右師子敖に從う、子敖、使いして魯に之く、樂正子、之に随い、來たりて齊に之く。○「昔者」、趙注:「昔者」は往なり、數日の閒を謂う。
-
『武道初心集』禮敬(一)忠孝の二つの道は。武士の身の上に限りたる義にては無之。農工商とてもかはる義は無之候。然りといへども。三民のうへには。譬へば人の子人の下人たる者が。主親と同座を致すに。膝を組み。ぬき入手を致し。物を云ふにも手をつくこともなく。上に座して居る主親へ。立ながら物を申し。其外萬事に付。無禮不作法多けれども。それには搆ひなく。唯主親を大切に思ふ志の誠をさへ盡し候へば。事濟申候は。是三民の輩の忠孝に候。武士道に於ては。たとひいか程心に忠孝を守り候ても。其形に於て。主を敬ひ親を尊ぶの禮儀なくては。道に叶ひたるとは申されず候。但主君の御事は申すに及ばず。親々へ對し候ても。目の前に於ての慮外緩怠は。武士を立る程のものは。可仕樣無之候。主親の目通りを離れ。陰うしろに於ても。聊疎略を致す事なく。陰日向なきを以て。武士の忠孝とは申にて候。何れの所に寢臥を仕り候共。主君の御座の方へは。かりにも我足をさし向けず。卷藁を立弓を射るにも。御座の方へは矢落をなさず。鎗薙刀を懸置にも。切先をさし向けず。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「恭者は人を侮らず、儉者は人より奪わず。人を侮り奪うの君は、惟だ順わざらんことを恐る。惡くんぞ恭儉を為すを得んや。恭儉は豈に聲音笑貌を以て為す可けんや。」
-
『武士道』第六章 禮儀・絶えず移りゆく流行を追う愚宜なり、衣食足りて礼節を知ると謂ひ、又たヴェブレン氏が多趣味の著『有閑階級論』に於て、礼は『有閑階級者の生活の産む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。欧人ややもすれば我が礼儀の委曲繊巧に流るるを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た礼儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絶えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、にはかに其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに予は彼の流行すらも、なお之を目して、虚栄の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の断えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ、繊巧なる儀礼を以て全く取るに足らずとせんや。
-
『酔古堂剣掃』集靈・終に泥塑の人と成る子弟の排場は、舉止有りて飛揚を謝すれば、纏頭の錦を博し難く、主賓の禦席は、廉隅を務めて蘊藉少なければ、終に泥塑の人と成る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る