武家家訓集 / 北条早雲廿一箇条第12条
一少の隙あらば、物の本をば文字のある物を懷に入、常に人目を忍びみべし、寢てもさめても手馴ざれば、文字忘るゝなり、書こと又同事、
新字:一少の隙あらば、物の本をば文字のある物を懐に入、常に人目を忍びみべし、寝てもさめても手馴ざれば、文字忘るゝなり、書こと又同事、
書き下し
一少の隙あらば、物の本をば文字のある物を懷に入、常に人目を忍びみべし、寢てもさめても手馴ざれば、文字忘るゝなり、書こと又同事、
現代語訳
わずかな暇があれば、書物を、文字のあるものを懐に入れて、常に人目を忍んで見なさい。寝ても覚めても手になじませておかなければ、文字を忘れてしまいます。書くことも同じです。
解説
少しの暇にも本を懐に入れて持ち歩き、人目を忍んででも読めという条です。寝ても覚めても手になじませなければ文字を忘れる、書くことも同じ、と続きます。読書は特別な時間を取って行うのではなく、隙間の時間に日常的に続けるもの、という考え方です。「人目を忍び」は、読書が主君への奉公の合間に行うものであり、見せびらかすものではないことを示すとも読めます。現代でも、忙しい経営者や管理職ほど、移動や待ち時間の数分を学びに回せるかが差になります。習慣として手に触れ続けることが、知識を保つ唯一の方法だという指摘です。
この章句が説くこと
読書学び習慣隙間時間継続武家家訓集
関連する章句
-
『春秋左氏伝』昭公十八年 学は殖なり六月、鄅人稻を藉(し)く。邾人鄅を襲ふ。鄅人將に門を閉ぢんとす。邾人羊羅、其の首を攝(と)る。遂に之に入り、盡く俘にして以て歸る。鄅子曰く、「余歸る無し」と。帑に從ひて邾に於いてす。邾の莊公鄅の夫人を反し、而して其の女を舍(とど)む。秋、曹の平公を葬る。往く者周の原伯魯に見え、之と語る。學を說ばず。歸りて以て閔子馬に語る。閔子馬曰く、「周其れ亂れんか。夫れ必ず多く是の說有りて、而る後に其の大人に及ぶ。大人失ふを患へて惑ひ、又曰く、『以て學ぶこと無かる可し。學ぶこと無きも害あらず』と。害あらずとして學ばざれば、則ち苟くも可なりとす。是に於いてか下陵ぎ上替(すた)る。能く亂るること無からんや。夫れ學は殖なり。學ばざれば將に落ちんとす。原氏其れ亡びんか」と。
-
論語・季氏篇孔子曰く、「『善を見ては及ばざるが如くし、不善を見ては湯を探るが如くす。』吾其の人を見たり、吾其の語を聞けり。『隠居して以て其の志を成し、義を行いて以て其の道を達す。』吾其の語を聞けり、未だ其の人を見ざるなり。」
-
『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・昨日の所信は今日の疑団となり然りしこうして今この責めに任ずる者は、他なし、ただ一種わが党の学者あるのみ。学者勉めざるべからず。けだしこれを思うはこれを学ぶに若かず。幾多の書を読み、幾多の事物に接し、虚心平気、活眼を開き、もって真実のあるところを求めなば、信疑たちまちところを異にして、昨日の所信は今日の疑団となり、今日の所疑は明日氷解することもあらん。学者勉めざるべからざるなり。
-
論語・雍也篇子、子夏に謂いて曰く、女(なんじ)は君子の儒たれ、小人の儒たるなかれ。
-
論語・里仁篇子曰わく、賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる。
-
論語・雍也篇子曰わく、賢なるかな回や!一簞の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人はその憂えに堪えずといえども、回やその楽しみを改めず。賢なるかな回や。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る