武家家訓集 / 朝倉敏景十七箇条追書慈悲の殺生
ある高僧の物語せられたるは、人の主人は不動愛染のごとくなるべし、其故は不動の劍を提、愛染の弓矢を被持たる事、全くつくにあらず射るにあらず、ひとへに惡魔降伏の爲にして、內に慈悲深重なる人のあるじも、よきをばほめ、あしきをば退治し、理非善惡をたゞしくわくべきもの也、是をぞ慈悲の殺生と申候はんずれ、たとひ賢人聖人の語を學び、諸文を學びたるとも、心へんくつにては不可然、論語などに、君子不重時は威なしなどゝあるを見て、ひとつにおもきと斗と心得ては、あしかるべく候、おもかるべきかろかるべきも、時宜時刻によつてふるまひ肝要也、
新字:ある高僧の物語せられたるは、人の主人は不動愛染のごとくなるべし、其故は不動の剣を提、愛染の弓矢を被持たる事、全くつくにあらず射るにあらず、ひとへに悪魔降伏の為にして、内に慈悲深重なる人のあるじも、よきをばほめ、あしきをば退治し、理非善悪をたゞしくわくべきもの也、是をぞ慈悲の殺生と申候はんずれ、たとひ賢人聖人の語を学び、諸文を学びたるとも、心へんくつにては不可然、論語などに、君子不重時は威なしなどゝあるを見て、ひとつにおもきと斗と心得ては、あしかるべく候、おもかるべきかろかるべきも、時宜時刻によつてふるまひ肝要也、
書き下し
ある高僧の物語せられたるは、「人の主人は不動愛染の如くなるべし。其の故は、不動の剣を提げ、愛染の弓矢を持たれたる事、全く突くにあらず射るにあらず、ひとへに悪魔降伏の為にして、内に慈悲深重なる人の主も、善きをば褒め、悪しきをば退治し、理非善悪を正しく分くべきもの也。是をぞ慈悲の殺生と申し候はんずれ。たとひ賢人聖人の語を学び、諸文を学びたるとも、心偏屈にては然るべからず。論語などに『君子、重からざる時は威なし』などとあるを見て、ひとつに重きとばかりと心得ては、悪しかるべく候。重かるべき、軽かるべきも、時宜時刻によつて振舞ひ肝要也。」
現代語訳
ある高僧が語られたことには、人の主人たる者は不動明王や愛染明王のようであるべきだ、とのことです。そのわけは、不動が剣を提げ、愛染が弓矢を持つのは、決して突くためでも射るためでもなく、ひとえに悪魔を降伏させるためだからです。内に深く重い慈悲を持つ主人も、よいことは褒め、悪いことは退治して、道理に合うか否か、善か悪かを正しく見分けるべきです。これを「慈悲の殺生」と申すのでしょう。たとえ賢人や聖人の言葉を学び、多くの文を学んでも、心がかたくなでは具合が悪いのです。『論語』などに「君子は重々しくなければ威厳がない」とあるのを見て、ただ重々しくしていればよいとだけ心得るのはよくありません。重くあるべきか軽くあるべきかも、そのときどきの事情と時機に応じた振る舞いが肝心です。
解説
この章句が説くこと
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『武家家訓集』黒田如水教諭「威とは」一大將たる人は威といふものなくては萬人の押へ成がたし、去ながら惡しく心得て態と我身に威を拵て付けんとするは却て大なる害となるものなり、其故は只諸人におぢらるゝ樣に身を持なすを威と心得家老に迄ても威高く事もなきに目をいからし詞をあらくし人の諫を聞入れず、我に非有時もかさ押に言まぎらし我意を振舞によつて家老も諫を言ずおのづから身を引樣に成行ものなり、家老さへ如斯なればまして諸士末々に至迄只おぢおそれたる迄にて忠義のおもひをなす者なく我身構をのみして奉公を質によく勤る事なし、かく高慢に人をないがしろにする故臣下萬民うとみて必家を失ひ國亡ぶるものなれば能々可心得事なり、誠の威といふは先其身の行儀正敗理非賞罰明らかなるは、強て人をしかりおどす事はなけれども、臣下萬民敬ひ恐れて上をあなどり法をかろしむるものなくしておのづから威備るものなり、
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言志四録・言志耋録 第二百五十四条 威あって猛からず人主は最も明威を要す。徳威惟れ威なれば、則ち威あって猛からず。徳明惟れ明なれば、則ち明にして察ならず。
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