武家拾要記抄録 / 善行篇・陣中の用意と、堪忍・礼儀の心得
一著陣の時、まづ組頭のもとへいたり、法度制禁を聞べし、次に他家の小屋塲、敵地の足塲などをたづね、方角遠近をかんがへ、晝夜まぎれなく、目じるしゝて歸るべし、みだりに私の見物に出る事は法外也、夜は下々の者を小屋のおくに寢させ、われはさし口にあるべし、惣じて下々の者と馬には、食物によく心をつくべし、尤公儀の定めの外にも用意すべし、一深く物見して歸る時、敵の方より惡口すとも、己が耻を雪めん事をのみ思ひて忠義の旨をわするべからず、凡陣中にをゐて、若堪忍しがたき事出來りなば頭横目までことはり、事すみてのちに遺恨をはらすべし、只武道は寢ても寤ても、忠節の志をはげむ事專要たり、其身をわするゝは君を思はざるゆへ也、古人のいはく、胯下の耻は小辱也、漢の功をなすは大功也と、一國替所がへのおりふし、をのれが住たる宿をあらさず、おなじくは疊のおもてをあらため、壁のうはぬりをもし、障子をはりかへてわたすほどにするは、さふらひのたしなみ也、又常におもひよりなき方より、是式をうけたる時はやがて返禮すべし、請べき子細なくては、少の物もうく〱べからず、又へつらひて他へ物を贈るべからず、
新字:一著陣の時、まづ組頭のもとへいたり、法度制禁を聞べし、次に他家の小屋塲、敵地の足塲などをたづね、方角遠近をかんがへ、昼夜まぎれなく、目じるしゝて帰るべし、みだりに私の見物に出る事は法外也、夜は下々の者を小屋のおくに寝させ、われはさし口にあるべし、惣じて下々の者と馬には、食物によく心をつくべし、尤公儀の定めの外にも用意すべし、一深く物見して帰る時、敵の方より悪口すとも、己が耻を雪めん事をのみ思ひて忠義の旨をわするべからず、凡陣中にをゐて、若堪忍しがたき事出来りなば頭横目までことはり、事すみてのちに遺恨をはらすべし、只武道は寝ても寤ても、忠節の志をはげむ事専要たり、其身をわするゝは君を思はざるゆへ也、古人のいはく、胯下の耻は小辱也、漢の功をなすは大功也と、一国替所がへのおりふし、をのれが住たる宿をあらさず、おなじくは畳のおもてをあらため、壁のうはぬりをもし、障子をはりかへてわたすほどにするは、さふらひのたしなみ也、又常におもひよりなき方より、是式をうけたる時はやがて返礼すべし、請べき子細なくては、少の物もうく〱べからず、又へつらひて他へ物を贈るべからず、
書き下し
一著陣の時、まづ組頭のもとへいたり、法度制禁を聞べし、次に他家の小屋塲、敵地の足塲などをたづね、方角遠近をかんがへ、晝夜まぎれなく、目じるしゝて歸るべし、みだりに私の見物に出る事は法外也、夜は下々の者を小屋のおくに寢させ、われはさし口にあるべし、惣じて下々の者と馬には、食物によく心をつくべし、尤公儀の定めの外にも用意すべし、一深く物見して歸る時、敵の方より惡口すとも、己が耻を雪めん事をのみ思ひて忠義の旨をわするべからず、凡陣中にをゐて、若堪忍しがたき事出來りなば頭横目までことはり、事すみてのちに遺恨をはらすべし、只武道は寢ても寤ても、忠節の志をはげむ事專要たり、其身をわするゝは君を思はざるゆへ也、古人のいはく、胯下の耻は小辱也、漢の功をなすは大功也と、一國替所がへのおりふし、をのれが住たる宿をあらさず、おなじくは疊のおもてをあらため、壁のうはぬりをもし、障子をはりかへてわたすほどにするは、さふらひのたしなみ也、又常におもひよりなき方より、是式をうけたる時はやがて返禮すべし、請べき子細なくては、少の物もうく〱べからず、又へつらひて他へ物を贈るべからず、
現代語訳
一つ、陣に着いたとき、まず組頭のもとへ行き、法度や制禁を聞くべきです。次に、他家の小屋場や敵地の足場などを尋ね、方角や遠近を考え、昼夜まぎれなく、目印をして帰るべきです。みだりに私の見物に出ることは法外です。夜は下々の者を小屋の奥に寝かせ、自分は差し口(入口)にいるべきです。すべて、下々の者と馬には、食べ物によく心を尽くすべきです。もちろん、公儀の定めのほかにも用意すべきです。一つ、深く物見(偵察)して帰るとき、敵の方から悪口を言われても、自分の恥をすすごうとばかり思って、忠義の趣旨を忘れてはなりません。およそ陣中において、もし堪忍しがたいことが起こったなら、頭や横目(監察役)まで断り、事が済んだ後に遺恨を晴らすべきです。ただ、武道は寝ても覚めても、忠節の志を励むことが専要です。わが身を忘れるのは、君を思わないからです。古人が言うには、胯下の恥は小辱であり、漢の功を成すのは大功である、と。一つ、国替えや所替えのとき、自分が住んでいた宿を荒らさず、同じことなら畳の表を替え、壁の上塗りもし、障子を張り替えて引き渡すほどにするのは、侍のたしなみです。また、ふだん思いもよらない方面から、このような贈り物を受けたときは、すぐに返礼すべきです。受けるべき理由がなければ、少しの物も受けてはなりません。またへつらって他へ物を贈ってはなりません。
解説

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『政談』內曲輪外曲輪御門番の事内曲輪にて供の者に笠を脱かする事内曲輪外曲輪の御門にては笠を脱がすへし、馬乗は片鐙を外つし、乗物は女中病人の外は戸を明くへし、箱根等の関所にてさへ辞儀有り、畢竟御城の廓門なる故礼儀斯の如くなるへし、古礼には公門に式すと云ふこと有るなり、近頃内曲輪にて供のものに日照笠をかふらせさすこと是れは聞えさること也、惣して供のものゝ日照笠をかふると云ふこと昔はなきことなり、御先々前御代に下々の炎天に頭を照らせらるゝを不憫に思召して上意あるより、承り伝へ人々炎天に笠をかふせたり、されとも屹としたる仰渡れもなけれは、二三年の間はかふらするものもあり、かふらせぬものもあり、その主人〳〵の心次第也、後は一同に風俗となりてかふせたり、されとも其主人かふれと云はされは下々もかふらす、是れ元来己か主人への礼儀にてかふらぬと云ふ事を下々も知りて斯の如し、屹としたる仰渡されなとも元来かふらぬこと故、飛越して公儀より仰渡さるゝ筋にもあらす、
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孟子・離婁章句上樂正子、子敖に從いて齊に之く。樂正子、孟子に見ゆ。孟子曰く、「子も亦た來たりて我を見るか。」曰く、「先生何為れぞ此の言を出だすや。」曰く、「子來たること幾日ぞ。」曰く、「昔者なり。」曰く、「昔者ならば、則ち我、此の言を出だすも、亦た宜ならずや。」曰く、「舍館未だ定まらざればなり。」曰く、「子、之を聞けりや。舍館定まりて、然る後に長者に見ゆることを求むるか。」曰く、「克、罪有り。」 <語釈> ○「樂正子」、趙注:魯の人樂正克、孟子の弟子なり、齊の右師子敖に從う、子敖、使いして魯に之く、樂正子、之に随い、來たりて齊に之く。○「昔者」、趙注:「昔者」は往なり、數日の閒を謂う。
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