呻吟語 / 内篇・應務・相忘るるの怒詈
相嫌之敬慎,不若相忘之怒詈。
書き下し
相嫌ふの敬慎は、相忘るるの怒詈に若かず。
現代語訳
嫌い合いながらの丁重さは、互いに気を許した怒鳴り合いに及びません。
解説
礼儀正しさと親しさを比べ、親しさを上に置きます。嫌い合いながらの丁重な応対は、形は整っていても中身が冷たい。互いを忘れるほど気を許した間柄なら、怒鳴り合っても関係は損なわれません。形式と実質のどちらを取るかを、極端な二つの場面で示した一段で、二十字足らずながら忘れがたい一句です。形式と実質のどちらを取るかを、二つの場面で示しています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
礼儀親しさ形式実質関係
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『墨子』魯問子墨子曰く、曹公子を出だして宋に於いてす。三年にして反る。子墨子を睹て曰く、「始め吾れ子の門に游びしとき、短褐の衣、藿羮も朝に之を得れば則ち夕に得ず、鬼神を祭祀す。而して夫子の政を以て家、始めより厚し。家、厚きこと有りて謹んで鬼神を祭祀す。然り而して人徒、多く死し、六畜、蕃らず、身は病に湛む。吾れ未だ夫子の道の用う可きを知らざるなり」と。子墨子曰く、「然らず。夫れ鬼神の人に欲する所の者は多し。人の髙爵禄に處らば則ち以て賢に讓り、財多ければ則ち以て貧に分かつを欲す。夫れ鬼神、豈に唯だ擢季拑肺を之れ欲せんや。今、子は髙爵禄に處りて以て賢に讓らず、一の不祥なり。財多くして以て貧に分かたず、二の不祥なり。今、子、鬼神に事うるは、唯だ祭るのみ。而して曰く、『病、何自り至れるか』と。是れ猶お百門にして一門を閉じて、『盜、何從り入らん』と曰うがごときなり。是くの若くして福を求むるは、怪の鬼に於いて有らんや。豈に可ならんや」と。
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『韓非子』外儲說左上第三十二鄭県の人卜子の妻市に之き、鼈を買ひて以て帰る。潁水を過ぎ、以て渇すと為すや、因りて縦ちて之に飲ましむ、遂に其の鼈を亡ふ。夫れ少者長者に侍して飲むに、長者飲めば、亦自ら飲むなり。一に曰く、魯人に自ら喜ぶ者有り、長年の酒を飲みて釂すること能はずして則ち之を唾くを見て、亦效ひて之を唾く。一に曰く、宋人に少者の亦善に效はんと欲する有り、長者の飲みて余り無きを見て、酒を堪へて飲むに非ざるも之を尽くさんと欲す。書に曰く、「之を紳し之を束ぬ。」宋人に治むる者有り、因りて帯を重ねて自ら紳束するなり。人曰く、「是れ何ぞや。」対へて曰く、「書之を言ふ、固より然り。」書に曰く、「既に雕し既に琢す、還りて其の樸に帰す。」梁人に治むる者有り、動作言学、事を文に挙げて、曰く、「之を難しとす。」顧って其の実を失ふ。人曰く、「是れ何ぞや。」対へて曰く、「書之を言ふ、固より然り。」
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『論語と算盤』成敗と運命・それ唯忠恕のみさればと言うてその内容にのみ腐心して形式を疎外視することもよろしくない。およそ各種の事業として、内外共に権衡を欠いてはならぬ。要するに、単にその表面を衒わんがため、いたずらに形式にのみ囚わるるということは、最も注意してこれを避けねばならぬ。
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『墨子』公孟公孟子、章甫を戴き、儒服を搢して、以て子墨子に見えて曰く、「君子は服して然る後に行うか。其れ行いて然る後に服するか」と。子墨子曰く、「行いは服に在らず」と。公孟子曰く、「何を以て其の然るを知るや」と。子墨子曰く、「昔者、齊の桓公は髙冠博帶、金劒木盾にして、以て其の國を治むるに、其の國治まる。昔者、晉の文公は大布の衣、䍧羊の裘、韋以て劒を帶びて、以て其の國を治むるに、其の國治まる。昔者、楚の荘王は鮮冠組纓、絳衣博袍にして、以て其の國を治むるに、其の國治まる。昔者、越王句踐は髪を剪り身に文して、以て其の國を治むるに、其の國治まる。此の四君は、其の服同じからざるも、其の行いは猶お一なり。翟、是を以て行いの服に在らざるを知るなり」と。公孟子曰く、「善し。吾れ之を聞きて曰く『善を宿する者は不祥なり』と。請う、章甫を舍易し、復た夫子に見えて可ならんか」と。子墨子曰く、「請う、因りて以て相い見えん。若し必ず将に章甫を舍易して、而る後に相い見えんとせば、然らば則ち行いは果たして服に在るなり」と。
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