武家拾要記抄録 / 善行篇・留守居と組頭の務め・人の使い方
一大將出陣あつて留守居の人は、晝夜心をつくし、夜廻り等まで少も怠るべからず、若難儀に及ぶ時は忠功の志をはげまし、力及ばざる時は切腹の外他あるまじ、凡組頭たる者油斷なければ、其組中もまたゆだんなきさもの也、惣じて人をつかふには、それ〱の器量にしたがふべし、いさゝか分限を過る事あるべからず、又組頭たる者、いかほど痛手をおひたりとも、組子にさきだちて引とるべからず、一軍中の禁令並前後左右備の圖、物頭の面々所持すべし、又武具馬具などはいふにおよばず、陣中の小道具までも、兼て吟味し、相たしなむべし、一平侍訴訟の事ある時、其頭たる者一切私を加ふべからず、又被官人口論仕出したらば、其いひすごし仕たる方の主人、傍輩をたのみてわびことをすべし、一戰國の砌、他國へ通路の事禁止すべし、若用事あらば、目付役までことはりつぶさに言上の後は各別たるべし、又他の境に入て人の婦女を狎し、あるひは財物をうばひとり、みだりに百姓旅人を殺す輩なきやうに、かたく制禁すべし、
新字:一大将出陣あつて留守居の人は、昼夜心をつくし、夜廻り等まで少も怠るべからず、若難儀に及ぶ時は忠功の志をはげまし、力及ばざる時は切腹の外他あるまじ、凡組頭たる者油断なければ、其組中もまたゆだんなきさもの也、惣じて人をつかふには、それ〱の器量にしたがふべし、いさゝか分限を過る事あるべからず、又組頭たる者、いかほど痛手をおひたりとも、組子にさきだちて引とるべからず、一軍中の禁令並前後左右備の図、物頭の面々所持すべし、又武具馬具などはいふにおよばず、陣中の小道具までも、兼て吟味し、相たしなむべし、一平侍訴訟の事ある時、其頭たる者一切私を加ふべからず、又被官人口論仕出したらば、其いひすごし仕たる方の主人、傍輩をたのみてわびことをすべし、一戦国の砌、他国へ通路の事禁止すべし、若用事あらば、目付役までことはりつぶさに言上の後は各別たるべし、又他の境に入て人の婦女を狎し、あるひは財物をうばひとり、みだりに百姓旅人を殺す輩なきやうに、かたく制禁すべし、
書き下し
一大將出陣あつて留守居の人は、晝夜心をつくし、夜廻り等まで少も怠るべからず、若難儀に及ぶ時は忠功の志をはげまし、力及ばざる時は切腹の外他あるまじ、凡組頭たる者油斷なければ、其組中もまたゆだんなきさもの也、惣じて人をつかふには、それ〱の器量にしたがふべし、いさゝか分限を過る事あるべからず、又組頭たる者、いかほど痛手をおひたりとも、組子にさきだちて引とるべからず、一軍中の禁令並前後左右備の圖、物頭の面々所持すべし、又武具馬具などはいふにおよばず、陣中の小道具までも、兼て吟味し、相たしなむべし、一平侍訴訟の事ある時、其頭たる者一切私を加ふべからず、又被官人口論仕出したらば、其いひすごし仕たる方の主人、傍輩をたのみてわびことをすべし、一戰國の砌、他國へ通路の事禁止すべし、若用事あらば、目付役までことはりつぶさに言上の後は各別たるべし、又他の境に入て人の婦女を狎し、あるひは財物をうばひとり、みだりに百姓旅人を殺す輩なきやうに、かたく制禁すべし、
現代語訳
一つ、大将が出陣して留守居をする人は、昼夜心を尽くし、夜回りなどまで少しも怠ってはなりません。もし難儀に及ぶときは、忠功の志を励まし、力が及ばないときは切腹のほかはないでしょう。およそ組頭たる者に油断がなければ、その組中もまた油断がないものです。すべて人を使うには、それぞれの器量に従うべきです。いささかも分限(身の程)を過ぎることがあってはなりません。また組頭たる者は、どれほど痛手を負っても、組子に先立って引き取ってはなりません。一つ、軍中の禁令ならびに前後左右の備えの図は、物頭の面々が所持すべきです。また武具や馬具などは言うまでもなく、陣中の小道具までも、かねてから吟味し、たしなむべきです。一つ、平侍に訴訟のことがあるとき、その頭たる者は一切私を加えてはなりません。また被官人(家来)が口論を起こしたら、言い過ぎをした方の主人が、同輩に頼んで詫びをするべきです。一つ、戦国の折には、他国との往来を禁止すべきです。もし用事があれば、目付役までよく断り、詳しく申し上げたうえであれば別です。また他国の境に入って人の婦女に手を出したり、財物を奪い取ったり、みだりに百姓や旅人を殺したりする者がないよう、固く禁制すべきです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『春秋左氏伝』定公五年 人各々能不能有り申包胥曰く、「吾は君の為にするなり、身の為にするに非ざるなり。君既に定まれり、又何をか求めん。且つ吾、子旗を尤む。其れ又諸を為さんや」と。遂に賞を逃る。王、將に季芊を嫁せしめんとす。季芊辭して曰く、「女子為る所以は、丈夫に遠ざかればなり。鍾建、我を負へり」と。以て鍾建に妻はせ、以て樂尹と為す。王の隨に在るや、子西、王の輿服を為りて以て路を保ち、脾洩に國す。王の在る所を聞きて、而る後に王に從ふ。王、由于をして麇に城かしむ。復命す。子西、高厚を問ふ。知らず。子西曰く、「能はずんば辭するに如かず。城きて高厚小大を知らずんば、何をか知らん」と。對へて曰く、「固く辭するに能はずと。子、余を使ふ。人各々能くする有り、能くせざる有り。王、盜に雲中に遇ふ。余、其の戈を受く。其の所猶ほ在り」と。袒ぎて之に背を示して曰く、「此れ余の能くする所なり。脾洩の事は、余も亦た能はざるなり」と。晉の士鞅、鮮虞を圍む。觀虎の役に報ゆるなり。
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『墨子』號令圍城の重禁。敵人、卒かに至らば、嚴しく吏民に令して、敢えて讙囂し、三最並び行き、相い視て坐して泣き涕を流すこと無からしむ。若し視て手を舉げて相い探り、相い指し相い呼び、相い歴り相い踵し、相い投じ相い擊ち、相い靡くに身及び衣を以てし、訟駮の言語、及び令に非ずして敵の動移を視る者は、斬る。伍人、得ざれば斬る。之を得れば除く。五人、城を踰えて敵に歸せば、伍人、得ざれば斬る。伯と敵に歸せば、隊吏、斬る。吏と敵に歸せば、隊将、斬る。
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『潜夫論』述赦凡そ民の軽がるしく盗賊を為す所以、吏の奸匿を作し易き所以の者は、赦贖数しばなるを以て僥望有ればなり。若し犯罪の人をして、終身命を被り、得て必ず刑せしめば、則ち奸を計るの謀破れて悪を慮るの心絶えん。夫れ良贖は可なり、孺子をして妲ならしむ可く、中庸の人は、弘めて下す可し。故に其の諺に曰く、「一歳に載た赦せば、奴児噫嗟す」と。言うこころは王誅行われざれば、則ち痛瘀の子も皆軽がるしく犯す、況んや狡をや。若し誠に盗賊多くして奸勝えざるを畏れて赦すと思わば、則ち是れ国を為むること奸の冗報を為すなり。夫れ天道は善を賞して淫を刑し、天工は人其れ之に代わる。故に凡そ王者を立つるは、将に以て邪悪を誅して正善を養わんとするなり、而るに以て邪悪逆妄を逞しくするは焉より甚しきは莫し。且つ夫れ国に常治無く、又常乱無し。法令行わるれば則ち国治まり、法令弛めば則ち国乱る。法は常に行わるる無く、法は常に弛む無し。君法を敬えば則ち法行われ、君法を慢にすれば則ち法弛む。昔孝明帝の時、製して茂才を挙げ、闕を過ぎて恩を謝し、食を賜い事訖わりて、何の異聞ぞと問う。対えて曰く、「巫に劇賊九人有り、刺史数しば郡を竊むを以て、訖に得る能わず」と。帝曰く、「汝は南郡に部せる従事に非ずや」と。対えて曰く、「是なり」と。帝乃ち振怒して曰く、「賊部中に発して擒うる能わず、然らば材は何を以て茂ならんや」と。捶つこと数百、便ち官を免じ、而して切に州郡を譲め、十日の間に、賊即ち伏誅す。此に由りて之を観れば、盗賊を擒滅するは、法を明らかにするに在り、数しば赦すに在らざるなり。
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