武家拾要記抄録 / 善行篇・君に仕える心と、役人の公私の慎み
一國君たる人は、國家の風俗治亂の機、存亡得失をかんがみ給ふべし、家老物頭たる者、藝能に他念なく精を入る時は、かならず萬事怠るものなり、終日終夜孝子の心をもちて君につかふまつるべし、役人奉行たるものは、小利を見て大利を忘るゝ事なかれ、食物に其身をわするゝなかれとぞ、尤家中の音物など一切受納すべからず、町人百姓の賄賂はいふに及ばざるもの歟、但三箇の赦免とは、知らずして過ちしたる、又其分に相應せざるあやまち、又前の忠に對してのあやまち也、是等の過は別義赦免と名づけ、許免せらるべし、一合戰の砌、敵の捨置たる道具を拾ひとらざるやうに申付べし、但幕旗其外大切の物などは各別たるべし、又戰塲にをゐて頭分の人は、父子一所に集りゐる事なかれ、但時宜にもよるべし、尤公儀より定めの外小屋がけ一切すべからず、朝暮の起臥は定めの太皷次第たるべし、貝鐘にても同前、惣じて陣中へ、女を一人もめしつるべからず、酒宴遊興すべからず、然れども永陣の時節は、大將御こゝろをつけられ、酒をも給はり、諸卒の心をなぐさめ給ふべし、
新字:一国君たる人は、国家の風俗治乱の機、存亡得失をかんがみ給ふべし、家老物頭たる者、芸能に他念なく精を入る時は、かならず万事怠るものなり、終日終夜孝子の心をもちて君につかふまつるべし、役人奉行たるものは、小利を見て大利を忘るゝ事なかれ、食物に其身をわするゝなかれとぞ、尤家中の音物など一切受納すべからず、町人百姓の賄賂はいふに及ばざるもの歟、但三箇の赦免とは、知らずして過ちしたる、又其分に相応せざるあやまち、又前の忠に対してのあやまち也、是等の過は別義赦免と名づけ、許免せらるべし、一合戦の砌、敵の捨置たる道具を拾ひとらざるやうに申付べし、但幕旗其外大切の物などは各別たるべし、又戦塲にをゐて頭分の人は、父子一所に集りゐる事なかれ、但時宜にもよるべし、尤公儀より定めの外小屋がけ一切すべからず、朝暮の起臥は定めの太鼓次第たるべし、貝鐘にても同前、惣じて陣中へ、女を一人もめしつるべからず、酒宴遊興すべからず、然れども永陣の時節は、大将御こゝろをつけられ、酒をも給はり、諸卒の心をなぐさめ給ふべし、
書き下し
一國君たる人は、國家の風俗治亂の機、存亡得失をかんがみ給ふべし、家老物頭たる者、藝能に他念なく精を入る時は、かならず萬事怠るものなり、終日終夜孝子の心をもちて君につかふまつるべし、役人奉行たるものは、小利を見て大利を忘るゝ事なかれ、食物に其身をわするゝなかれとぞ、尤家中の音物など一切受納すべからず、町人百姓の賄賂はいふに及ばざるもの歟、但三箇の赦免とは、知らずして過ちしたる、又其分に相應せざるあやまち、又前の忠に對してのあやまち也、是等の過は別義赦免と名づけ、許免せらるべし、一合戰の砌、敵の捨置たる道具を拾ひとらざるやうに申付べし、但幕旗其外大切の物などは各別たるべし、又戰塲にをゐて頭分の人は、父子一所に集りゐる事なかれ、但時宜にもよるべし、尤公儀より定めの外小屋がけ一切すべからず、朝暮の起臥は定めの太皷次第たるべし、貝鐘にても同前、惣じて陣中へ、女を一人もめしつるべからず、酒宴遊興すべからず、然れども永陣の時節は、大將御こゝろをつけられ、酒をも給はり、諸卒の心をなぐさめ給ふべし、
現代語訳
一つ、国君たる人は、国家の風俗、治乱の機、存亡得失をよく見極められるべきです。家老や物頭たる者が、芸能にばかり他念なく精を入れるときは、必ず万事を怠るものです。終日終夜、孝子の心をもって君に仕えるべきです。役人や奉行たる者は、小利を見て大利を忘れてはなりません。食物に身を忘れてはならないとのことです。とりわけ、家中からの贈り物は一切受け取ってはなりません。町人や百姓の賄賂は言うまでもないことでしょうか。ただし、三箇の赦免とは、知らずに犯した過ち、その身分に似合わない過ち、以前の忠に対する過ちです。これらの過ちは別義の赦免と名づけ、許すべきです。一つ、合戦の折、敵が捨て置いた道具を拾い取らないよう申し付けるべきです。ただし、幕や旗、そのほか大切な物は別です。また戦場において頭分の人は、父子が一所に集まっていてはなりません。ただし、状況にもよります。とりわけ、公儀の定めの外に小屋掛けを一切してはなりません。朝夕の起き伏しは定めの太鼓に従い、貝や鐘でも同じです。すべて陣中へ女を一人も召し連れてはなりません。酒宴や遊興をしてはなりません。しかし、長陣のときは、大将が心を配られ、酒をも賜って、諸卒の心を慰められるべきです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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