武家拾要記抄録 / 嘉言篇・人を見る目と、まず自らを正す
一凡人を見知る事侍の第一也、敵味方共に名高き人にはよく〱こゝろをつくべし、尋常殊に善人惡人をはかり知るべし、但わが身明らかならずして、人の非をあぐる事はあるまじき事なれば、みづからよくつとむるをもつて先とすべし、他人の是非ばかり目にかけて褒貶すべからず、蓋常にはよしと見へたる人の、事にあたりておもひの外なるもあり、日比揩きにやあらんと見へし人の、事に臨みてはなやかなる働きせしもあれば、一概には論じがたし、但今日のうへにて、不學無能にして士の志を存せず、知行は先祖の恩澤也とのみおもふ輩は、滅ること遠からず、
新字:一凡人を見知る事侍の第一也、敵味方共に名高き人にはよく〱こゝろをつくべし、尋常殊に善人悪人をはかり知るべし、但わが身明らかならずして、人の非をあぐる事はあるまじき事なれば、みづからよくつとむるをもつて先とすべし、他人の是非ばかり目にかけて褒貶すべからず、蓋常にはよしと見へたる人の、事にあたりておもひの外なるもあり、日比揩きにやあらんと見へし人の、事に臨みてはなやかなる働きせしもあれば、一概には論じがたし、但今日のうへにて、不学無能にして士の志を存せず、知行は先祖の恩沢也とのみおもふ輩は、滅ること遠からず、
書き下し
一凡人を見知る事侍の第一也、敵味方共に名高き人にはよく〱こゝろをつくべし、尋常殊に善人惡人をはかり知るべし、但わが身明らかならずして、人の非をあぐる事はあるまじき事なれば、みづからよくつとむるをもつて先とすべし、他人の是非ばかり目にかけて褒貶すべからず、蓋常にはよしと見へたる人の、事にあたりておもひの外なるもあり、日比揩きにやあらんと見へし人の、事に臨みてはなやかなる働きせしもあれば、一概には論じがたし、但今日のうへにて、不學無能にして士の志を存せず、知行は先祖の恩澤也とのみおもふ輩は、滅ること遠からず、
現代語訳
一つ、おおよそ人を見知ることは侍の第一です。敵味方ともに名高い人にはよくよく心を配るべきです。ふつうの人はもちろん、善人か悪人かをよく見極めるべきです。ただし、わが身が明らかでないのに人の非をあげつらうことはあってはならないので、自分でよく努めることを先とすべきです。他人の是非ばかりに目をつけて褒めたり貶したりしてはなりません。思うに、ふだんは良いと見えた人が、事に当たって思いのほかだったり、日ごろは不器用かと見えた人が、事に臨んで華々しい働きをしたりすることもあるので、一概には論じがたいのです。ただし今日のうえで、不学無能で、士の志を持たず、知行は先祖の恩沢だとばかり思う者は、滅びるのも遠くありません。
解説

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