武家拾要記抄録 / 嘉言篇・忠功への賞と、無用の贅の戒め
一軍中にをゐて、小事の儀に感ずる事多き時は、必武勇のたしなみせはしくなるものなり、但他人の忠をそねみ、あやうき塲を見放つべからず、たがひに力を合すべし、且總大將の掟の外、頭々のわたくしの法式出すべからず、もつともあやうき塲に臨みての下知は各別たるべし、又忠節忠功は大小に限らず、下々たりとも急度御褒美あるべし、しかるを私におほひ隱す輩は重罪たるべし、又組子ども忠功のふるまひありとても、聊贔負の事あるべからず、一貴賤とも分量の外に、鐵砲の玉藥支度する事は忠節の其一たるべし、但金拵の刀脇指並金銀の鍔、熨斗附の鞘、鎗の上下の金具、其外武具馬具等、いづれも金銀をちりばめ造りなす事は無用歟、
新字:一軍中にをゐて、小事の儀に感ずる事多き時は、必武勇のたしなみせはしくなるものなり、但他人の忠をそねみ、あやうき塲を見放つべからず、たがひに力を合すべし、且総大将の掟の外、頭々のわたくしの法式出すべからず、もつともあやうき塲に臨みての下知は各別たるべし、又忠節忠功は大小に限らず、下々たりとも急度御褒美あるべし、しかるを私におほひ隠す輩は重罪たるべし、又組子ども忠功のふるまひありとても、聊贔負の事あるべからず、一貴賤とも分量の外に、鉄砲の玉薬支度する事は忠節の其一たるべし、但金拵の刀脇指並金銀の鍔、熨斗附の鞘、鎗の上下の金具、其外武具馬具等、いづれも金銀をちりばめ造りなす事は無用歟、
書き下し
一軍中にをゐて、小事の儀に感ずる事多き時は、必武勇のたしなみせはしくなるものなり、但他人の忠をそねみ、あやうき塲を見放つべからず、たがひに力を合すべし、且總大將の掟の外、頭々のわたくしの法式出すべからず、もつともあやうき塲に臨みての下知は各別たるべし、又忠節忠功は大小に限らず、下々たりとも急度御褒美あるべし、しかるを私におほひ隱す輩は重罪たるべし、又組子ども忠功のふるまひありとても、聊贔負の事あるべからず、一貴賤とも分量の外に、鐵砲の玉藥支度する事は忠節の其一たるべし、但金拵の刀脇指並金銀の鍔、熨斗附の鞘、鎗の上下の金具、其外武具馬具等、いづれも金銀をちりばめ造りなす事は無用歟、
現代語訳
一つ、軍中において、小さなことに感じ入ることが多いときは、必ず武勇のたしなみが忙しくなるものです。ただし、他人の忠をそねみ、危うい場を見放してはなりません。互いに力を合わせるべきです。そのうえ、総大将の掟のほかに、頭々の私の法式を出してはなりません。もっとも、危うい場に臨んでの指図は別です。また、忠節や忠功は大小に限らず、下々の者であっても、きっと褒美があるべきです。それなのに、私に覆い隠す者は重罪とすべきです。また、組子たちに忠功の振る舞いがあっても、少しもひいきがあってはなりません。一つ、貴賤とも分量の外に、鉄砲の玉薬の支度をすることは、忠節の一つとすべきです。ただし、金で飾った刀や脇差、金銀の鍔、熨斗付けの鞘、槍の上下の金具、そのほか武具や馬具など、いずれも金銀をちりばめて作ることは無用でしょうか。
解説

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