武家拾要記抄録 / 嘉言篇・士気を高める謀と、勇力より仁義
一古の將は高きに登り虹を見て悅び、士卒にむかひていはく、此虹は敵敗北の雲氣也、夜討に出ばかならず我輩軍利あるべしと、果して其夜戰ひて勝利を得たり、又武田信玄の內に山本勘助といふ者、大星の大事といふ事をしりて軍に勝しといへり、皆これたゝかひのよき圖を見て、味方の勢氣をはげましたるものなり、又諸卒のこゝろを勵さんために、神前に至り御鬮を取て云、此たびの軍勝利を得させ給はば、三を章て給はれとて三度取て三度三を得たり、諸卒是れを見て疑ひを決す、果してその日の軍利を得たり、これは最初に一二の御鬮をは打折捨て、三ばかり殘し置し也、唐の狄仁傑は、諸卒の心をはげまさんため、密に裏表なめなる錢をこしらへ置き、出陣の砌諸卒にむかひていはく、此たびの軍味方勝利なるべきには此錢忽になめの方章べしとて投出す、諸卒此錢の皆なめなるを見て、不思議のおもひをなし、即たゝかひて大にかつことを得たり、是皆諸卒の志を定めんための謀也、又古士卒の心をはげまさん爲に、毎日剛臆の座を定められけるとなり、凡古今勇力を貴ぶ者はかならず滅び、仁義を貴ぶ者は必忠なり、されば義に依て命を輕くし、名を惜みて死をあらそふは武士の常なり、
新字:一古の将は高きに登り虹を見て悦び、士卒にむかひていはく、此虹は敵敗北の雲気也、夜討に出ばかならず我輩軍利あるべしと、果して其夜戦ひて勝利を得たり、又武田信玄の内に山本勘助といふ者、大星の大事といふ事をしりて軍に勝しといへり、皆これたゝかひのよき図を見て、味方の勢気をはげましたるものなり、又諸卒のこゝろを励さんために、神前に至り御鬮を取て云、此たびの軍勝利を得させ給はば、三を章て給はれとて三度取て三度三を得たり、諸卒是れを見て疑ひを決す、果してその日の軍利を得たり、これは最初に一二の御鬮をは打折捨て、三ばかり残し置し也、唐の狄仁傑は、諸卒の心をはげまさんため、密に裏表なめなる銭をこしらへ置き、出陣の砌諸卒にむかひていはく、此たびの軍味方勝利なるべきには此銭忽になめの方章べしとて投出す、諸卒此銭の皆なめなるを見て、不思議のおもひをなし、即たゝかひて大にかつことを得たり、是皆諸卒の志を定めんための謀也、又古士卒の心をはげまさん為に、毎日剛臆の座を定められけるとなり、凡古今勇力を貴ぶ者はかならず滅び、仁義を貴ぶ者は必忠なり、されば義に依て命を軽くし、名を惜みて死をあらそふは武士の常なり、
書き下し
一古の將は高きに登り虹を見て悅び、士卒にむかひていはく、此虹は敵敗北の雲氣也、夜討に出ばかならず我輩軍利あるべしと、果して其夜戰ひて勝利を得たり、又武田信玄の內に山本勘助といふ者、大星の大事といふ事をしりて軍に勝しといへり、皆これたゝかひのよき圖を見て、味方の勢氣をはげましたるものなり、又諸卒のこゝろを勵さんために、神前に至り御鬮を取て云、此たびの軍勝利を得させ給はば、三を章て給はれとて三度取て三度三を得たり、諸卒是れを見て疑ひを決す、果してその日の軍利を得たり、これは最初に一二の御鬮をは打折捨て、三ばかり殘し置し也、唐の狄仁傑は、諸卒の心をはげまさんため、密に裏表なめなる錢をこしらへ置き、出陣の砌諸卒にむかひていはく、此たびの軍味方勝利なるべきには此錢忽になめの方章べしとて投出す、諸卒此錢の皆なめなるを見て、不思議のおもひをなし、即たゝかひて大にかつことを得たり、是皆諸卒の志を定めんための謀也、又古士卒の心をはげまさん爲に、毎日剛臆の座を定められけるとなり、凡古今勇力を貴ぶ者はかならず滅び、仁義を貴ぶ者は必忠なり、されば義に依て命を輕くし、名を惜みて死をあらそふは武士の常なり、
現代語訳
一つ、昔の将は、高い所に登って虹を見て喜び、士卒に向かって、この虹は敵が敗北する雲気である、夜討ちに出れば必ず我らの軍に利があるだろう、と言いました。はたしてその夜に戦って勝利を得たといいます。また、武田信玄の家中に山本勘助という者がおり、大星の大事ということを知って軍に勝ったといいます。これらはみな、戦いのよい図(兆し)を見せて、味方の勢いや気を励ましたものです。また、諸卒の心を励ますために、神前に行き籤を取って言うには、このたびの戦に勝利を得させてくださるなら、三を出してください、と三度取って三度とも三を得ました。諸卒はこれを見て疑いを決しました。はたしてその日の戦に利を得ました。これは最初に一や二の籤を折り捨てて、三ばかりを残しておいたものです。唐の狄仁傑は、諸卒の心を励ますために、ひそかに裏表とも同じ面の銭をこしらえておき、出陣のおりに諸卒に向かって言うには、このたびの戦が味方の勝利となるなら、この銭がすべて同じ面を出すだろう、と投げ出しました。諸卒はこの銭がみな同じ面なのを見て不思議に思い、すぐに戦って大いに勝つことができました。これらはみな、諸卒の志を定めるための謀です。また昔、士卒の心を励ますために、毎日、剛と臆の座を定められたということです。およそ古今、勇力を貴ぶ者は必ず滅び、仁義を貴ぶ者は必ず忠です。それゆえ、義によって命を軽んじ、名を惜しんで死を争うのは、武士の常です。
解説

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