武家拾要記抄録 / 敬身篇・陣中の支度と初陣・使いの心得
一陣中へは麻布細繩朱漆墨紙など支度すべし、又紅花鏡蒜なども持べし、蒜は息されたる時鼻の中へ塗べし、馬の息きれたる時口中へぬるべし、陣所には朝夕門前に出て四方を見るもの也、其外物音などきくべきには、穴をほり其穴に耳をつけて聞べし、陣所へ夜討入たる時は、まづ燭を消して敵を通し、跡より追うつべし、此時敵の火付殘る事あるものなり、一初陣の時は、萬事うと〱しきもの也、手合のたゝかひに一度あひたる後は、益心も剛に前後滯りなし、持鎗は常に横たふる事をすべからず、物前にては矢軍はじまりて、矢の少殘りたる時分、鑓奉行の方より、弓奉行の方へ詞をかけて、弓の間より出べし、陣中にて御使に出る時は、まづ足場道筋をたづねて行べし、總じて兵亂のおりふしは無分別のわがまゝ者多くあるゆへに、右を尋ぬれば、左の方を敎るの類あることをこゝろうべし、
新字:一陣中へは麻布細縄朱漆墨紙など支度すべし、又紅花鏡蒜なども持べし、蒜は息されたる時鼻の中へ塗べし、馬の息きれたる時口中へぬるべし、陣所には朝夕門前に出て四方を見るもの也、其外物音などきくべきには、穴をほり其穴に耳をつけて聞べし、陣所へ夜討入たる時は、まづ燭を消して敵を通し、跡より追うつべし、此時敵の火付残る事あるものなり、一初陣の時は、万事うと〱しきもの也、手合のたゝかひに一度あひたる後は、益心も剛に前後滞りなし、持鎗は常に横たふる事をすべからず、物前にては矢軍はじまりて、矢の少残りたる時分、鑓奉行の方より、弓奉行の方へ詞をかけて、弓の間より出べし、陣中にて御使に出る時は、まづ足場道筋をたづねて行べし、総じて兵乱のおりふしは無分別のわがまゝ者多くあるゆへに、右を尋ぬれば、左の方を教るの類あることをこゝろうべし、
書き下し
一陣中へは麻布細繩朱漆墨紙など支度すべし、又紅花鏡蒜なども持べし、蒜は息されたる時鼻の中へ塗べし、馬の息きれたる時口中へぬるべし、陣所には朝夕門前に出て四方を見るもの也、其外物音などきくべきには、穴をほり其穴に耳をつけて聞べし、陣所へ夜討入たる時は、まづ燭を消して敵を通し、跡より追うつべし、此時敵の火付殘る事あるものなり、一初陣の時は、萬事うと〱しきもの也、手合のたゝかひに一度あひたる後は、益心も剛に前後滯りなし、持鎗は常に横たふる事をすべからず、物前にては矢軍はじまりて、矢の少殘りたる時分、鑓奉行の方より、弓奉行の方へ詞をかけて、弓の間より出べし、陣中にて御使に出る時は、まづ足場道筋をたづねて行べし、總じて兵亂のおりふしは無分別のわがまゝ者多くあるゆへに、右を尋ぬれば、左の方を敎るの類あることをこゝろうべし、
現代語訳
一つ、陣中へは、麻布、細縄、朱漆、墨、紙などを支度すべきです。また紅花、鏡、蒜なども持つべきです。蒜は、息が詰まったときに鼻の中へ塗り、馬の息が切れたときは口の中へ塗ります。陣所では朝夕、門前に出て四方を見るものです。そのほか、物音などを聞くには、穴を掘ってその穴に耳をつけて聞きなさい。陣所へ夜討ちに入られたときは、まず灯りを消して敵を通し、後から追い討ちにします。このとき敵の放火が残ることがあります。一つ、初陣のときは、万事うろたえるものです。手合わせの戦いに一度あった後は、ますます心も強くなり、前後に滞りがなくなります。持ち槍は常に横たえることをしてはなりません。いざ戦いの前に矢軍が始まって矢が少なくなったころ、槍奉行の方から弓奉行の方へ声をかけて、弓の間から出るべきです。陣中で使いに出るときは、まず足場や道筋をたずねてから行くべきです。総じて兵乱のときは、無分別なわがまま者が多いので、右をたずねれば左の方を教えるといった類のことがあると心得なさい。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『武家拾要記抄録』・善行篇・陣中の用意と、堪忍・礼儀の心得一著陣の時、まづ組頭のもとへいたり、法度制禁を聞べし、次に他家の小屋塲、敵地の足塲などをたづね、方角遠近をかんがへ、晝夜まぎれなく、目じるしゝて歸るべし、みだりに私の見物に出る事は法外也、夜は下々の者を小屋のおくに寢させ、われはさし口にあるべし、惣じて下々の者と馬には、食物によく心をつくべし、尤公儀の定めの外にも用意すべし、一深く物見して歸る時、敵の方より惡口すとも、己が耻を雪めん事をのみ思ひて忠義の旨をわするべからず、凡陣中にをゐて、若堪忍しがたき事出來りなば頭横目までことはり、事すみてのちに遺恨をはらすべし、只武道は寢ても寤ても、忠節の志をはげむ事專要たり、其身をわするゝは君を思はざるゆへ也、古人のいはく、胯下の耻は小辱也、漢の功をなすは大功也と、一國替所がへのおりふし、をのれが住たる宿をあらさず、おなじくは疊のおもてをあらため、壁のうはぬりをもし、障子をはりかへてわたすほどにするは、さふらひのたしなみ也、又常におもひよりなき方より、是式をうけたる時はやがて返禮すべし、請べき子細なくては、少の物もうく〱べからず、又へつらひて他へ物を贈るべからず、
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『武家拾要記抄録』・明倫篇・陣中の礼節と約束を守り通す心一陣中にをゐては、萬事批判なき樣につゝしむべし、又足半は誰人のはきても無禮とせず、惣じて出陣の時、片時も大將の跡に殘るべからず、歸陣の刻大將の先に歸るべからず。戰場にて命をおしまず合戰すといへども、生死は時の運によれり、忠臣は生死の運を待までもなし、大將馬に離れ給ふ事ある時は、己が馬を進らせ、其身は其所に止りて、むかふ敵を防ぐこと武士の名譽也、敗軍の時味方手負ある時は、其家人をよび出し退かしむべし、若し家人も來らず、其疵大事の手ならばみづから退くべし、敵頻に襲ひ來らば其首をあげ、刀脇指さし物までも添て返すべし、勿論此時敵と鎗を合するは、一入の働き也、一人と軍師を謀りて、彼敗るゝ時は己も亦死し、人と身上をはかりて、彼亡る時は己も亦ほろぶ、一たび人と約諾しては、身を終るまであらためず、一度人と親昵しては、盛衰存亡を以て、心を易へざるは、勇士の道也、
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『武家拾要記抄録』・善行篇・番所の務めと、勇に走りすぎない戒め一番所にて、しきりにねふたき時は早々さますべし、又番代りにゆく時、いかほど雨風はげしくとも、あまやどりすべからず、張番所或は門前へ乞食來らば、はやく追出すべし、惣じて大事の番所へ、親類たりとも、他所より來れる人は、遠慮すべき事也、一軍頭にて若武者の臆したるよりは、少氣早なるほどはよし、されどみだりに進むばかりをよしとおもふべからず、下知につかざれば功も不忠となるべし、軍不案內の人は、日比覺ゝの沙汰ある人につきてとふべし、又初心の人を手引し、足塲道筋など見に出る時は、先にたちてゆき、跡にさがりて歸るべし、假令難儀におよぶとても、初心の人を捨置ては歸るべからず、凡勇士は己が功にほこらず、眼は采幣につけ、耳は金鼓によせて、進退みな號令にまかすべし、
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『武家拾要記抄録』・嘉言篇・荒らしの戒めと、先陣を動かす気一敵國に入ては、春は麥をふみちらし、夏は苗をぬき、秋は刈田をあらし、民屋を燒拂ひ、みだりに橋を刎落し、船を燒のたぐひ、たとひ一日利を得るといふとも遠慮あるべし、又人類二行に押時、ひとつ橋あるの時は、左より一人右より一人づゝ、入まじりてわたすべし、凡備の騷動は法令正しからぬゆへ也、士卒の懈る氣あるは、將の勇なきゆへ也、皆是氣を轉じきざしを審かにするにあり、又足輕といふものは、何時も諸兵の先にすゝむ事定法なるによつて、必うしろを心もとなく思ふもの也、故に其氣を奪ひ其勢ひを含ましめ、心にうたがひなきやうに下知すべし、足輕をくるゝこゝろありて鐵炮打時は、皆越矢となる、其氣をよく轉ぜしむるは足輕大將の心得也、
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『武家拾要記抄録』・善行篇・退くときの志と、主君の大事に仕える心一戰場にて傍輩討死したる時は、敵のかたを枕になし、うつぶけて置べし、然らずば又味方の方を枕とし、あふのけて置べし、めづらしからぬ事ながら、懸口の時は先手を望み、一番をこゝろがけ、退口の時は主人の傍をはなれず、殿をこゝろがくべし、勇は先祖の眉目を興し、義は戰死の骸骨を淸む、まことにはげむべからざらんや、一主人の大事の使仰付らるゝ時は、若異義に及び候はど討果し申べきやと御意をうかがふべし、又上意うちは、上意のよし詞をかけてうつ也、但御前の放しうちは、一うち打て後に上意とことはるべし、主君秘藏の兒女など手討になされたる死骸を、とり置候へとある時、面をつけて寺へつかはし申べきや、但某が屋敷に埋み申べきやと、御意をうかゞふべし、一士卒の狐疑といふは、跡をあやぶみて利を失ふ也、かるがゆへに古來諸卒の心を決すべきために、をのれが館を燒はらひ或は渡りたる橋を□して、ふたゝび古郷に歸らざることを示すものなり、
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『武家拾要記抄録』・明倫篇・家長・物頭の心得と家中の統制一弓馬の家長と生れては、朝には寅の刻に起て身を清め、衣服をあらため諸人に對し、終日禮義おこたらず、飲食時を失ふべからず、物頭物奉行たるものは、まづ其家の法度軍法をよく心得、太平の時に當りて制法軍利の手番までよく吟味すべし、家老物頭たる者、その外同役の者は、相互に軍令云合すべし、聊私の意趣遺恨あるべからず、一下々には其主人たる者、法度軍令等よく申ふくむべし、尤家中の中間小者、戰場にをゐては、わが主人の左右を離れずして、鎗脇を救ふべし、若その主人討死したりとも、其組を離れず、敵を討取る者をば是を賞すべし、若主人をすてゝ逃去る者は、その科重かるべし、