武家拾要記抄録 / 嘉言篇・大勢に難所なし、戦の備えと占い
一大勢に難所なしといへり、少の難所を便とおもふは不覺の事也、たとへば十里の道を十日にも押べきなり、まづ山上に取出をとり陣城を構へ張番を出し、竹木を切敷〱廣く路をあけて込入べし、然らずば又其山を捨て他國よりこみいるべし、天の時にしたがひ地の利を得、謀定り大將いさみ士卒はげみ物頭正しきは大吉也、その外雲氣五行八卦本卦の占、佛神の加護等は愚者のあながちに好む所也、たとひ一旦諸卒を勵すの方便たりとも、却て諸人の嘲りを招くもとひ也、戰は衆の生死國の存亡こゝにかゝる、諸士平日武をならふは何の爲ぞ、平日刀を帶するは何の爲めぞ、平日勇を貴ぶは何の爲ぞ、平日祿を受るは何の爲ぞ、凡人の毀りも譽れも死期にあり、忠をたて名をあらはすは此時なり、又善惡の八といふことあり、能たゝかへば勝つ、あしく戰へば負る、かてば活る、まくれば死す、むさき、清き、見ぐるしき、見よき、是をいふ也、
新字:一大勢に難所なしといへり、少の難所を便とおもふは不覚の事也、たとへば十里の道を十日にも押べきなり、まづ山上に取出をとり陣城を構へ張番を出し、竹木を切敷〱広く路をあけて込入べし、然らずば又其山を捨て他国よりこみいるべし、天の時にしたがひ地の利を得、謀定り大将いさみ士卒はげみ物頭正しきは大吉也、その外雲気五行八卦本卦の占、仏神の加護等は愚者のあながちに好む所也、たとひ一旦諸卒を励すの方便たりとも、却て諸人の嘲りを招くもとひ也、戦は衆の生死国の存亡こゝにかゝる、諸士平日武をならふは何の為ぞ、平日刀を帯するは何の為めぞ、平日勇を貴ぶは何の為ぞ、平日禄を受るは何の為ぞ、凡人の毀りも誉れも死期にあり、忠をたて名をあらはすは此時なり、又善悪の八といふことあり、能たゝかへば勝つ、あしく戦へば負る、かてば活る、まくれば死す、むさき、清き、見ぐるしき、見よき、是をいふ也、
書き下し
一大勢に難所なしといへり、少の難所を便とおもふは不覺の事也、たとへば十里の道を十日にも押べきなり、まづ山上に取出をとり陣城を構へ張番を出し、竹木を切敷〱廣く路をあけて込入べし、然らずば又其山を捨て他國よりこみいるべし、天の時にしたがひ地の利を得、謀定り大將いさみ士卒はげみ物頭正しきは大吉也、その外雲氣五行八卦本卦の占、佛神の加護等は愚者のあながちに好む所也、たとひ一旦諸卒を勵すの方便たりとも、却て諸人の嘲りを招くもとひ也、戰は衆の生死國の存亡こゝにかゝる、諸士平日武をならふは何の爲ぞ、平日刀を帶するは何の爲めぞ、平日勇を貴ぶは何の爲ぞ、平日祿を受るは何の爲ぞ、凡人の毀りも譽れも死期にあり、忠をたて名をあらはすは此時なり、又善惡の八といふことあり、能たゝかへば勝つ、あしく戰へば負る、かてば活る、まくれば死す、むさき、清き、見ぐるしき、見よき、是をいふ也、
現代語訳
一つ、大勢に難所はないと言います。少しの難所を便利だと思うのは不覚のことです。たとえば十里の道を十日かけても押し進むべきです。まず山の上に取出(砦)を取り、陣城を構え、張番を出し、竹木を切り敷いて広く路をあけ、込み入るべきです。そうでなければ、またその山を捨てて他国から込み入るのがよいでしょう。天の時に従い、地の利を得、謀が定まり、大将が勇み、士卒が励み、物頭が正しいのは大吉です。そのほか、雲気、五行、八卦、本卦の占い、仏神の加護などは、愚者がむやみに好むところです。たとえ一旦諸卒を励ます方便であっても、かえって人々の嘲りを招くもとです。戦は多くの人の生死、国の存亡がここにかかります。諸士が平日に武を習うのは何のためか、平日に刀を帯びるのは何のためか、平日に勇を貴ぶのは何のためか、平日に禄を受けるのは何のためか。おおよそ人のそしりも誉れも死ぬときにあり、忠を立て名を現すのはこのときです。また善悪の八ということがあります。よく戦えば勝つ、悪く戦えば負ける、勝てば生きる、負ければ死ぬ、むさい、清い、見苦しい、見よい、これを言います。
解説

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『武家拾要記抄録』・嘉言篇・大勢と小勢、戦い方と引き際一大勢をもて小勢に勝べき事は必定也、古來の良將人數の多少によらずと云は、小勢はかならず愼みて守る事かたく、大勢はかならず小勢を侮りて守る事懈るが故なり、又寡をもつて衆をうつは、もつぱら日暮の軍を好むべし、衆をもつて寡をうつには、必始より手をわかつべし、小勢にて大勢に取まかれ、久く對陣の時はかならず小勢の方負べし、かるがゆへに死地に入て衆の心を固くし、すみやかに戰ひて勝負を決すべし、又小勢をもつて大勢に勝べきには、地の利を得天の時をまちて、實をさけ虛をうつべし、總じて弱き敵也といへども、四方をとりまく時は、十死の身なることを知るゆへに必强きもの也、窮鼠かへつて猫をかむの義、かるがゆへに敵の落ちるべき路をあけ開て討べし、啄木と云鳥、木の中の蟲を取て喰ふ、是をみるべし、凡味方の引時は必足跡亂るべからず、腰繩鎗綱を取らしむべし、抑懸る事は風のごとく、引ことは潮の如しといへり、是を心得べし、
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『武家拾要記抄録』・嘉言篇・平時の兵糧と間者、組頭の功名の戒め一太平の時より、近國の兵粮以下取置べきこゝろがけあるべし、間者犬等は古來說多し心得べし、凡諸國の法令、大將物頭の知愚、城郭山川海の近道廻り路直道まで知べし、然れば他國より若我國へ間者の來り居べき事をしりて、敵の謀士を味方の謀士となすべし、又戰はざる先に勝といふも、間者をもつて諸國の善惡、知行の高下、所務、米の損大、家中の作法、勇臆、百姓の貧福、人數の多少、隣國の加勢、騎馬の大積、城の要害、萬事の手番まで量り知る也、一組頭たる者は、我一分何程抽てたる手柄ありともてがらにあらず、若討死する時は其組子の分は、しばらくよりつく所なきゆへ也、又物前にて頭奉行の申旨をも聞いれず、軍法を背き、けなげだてする者は、必ず逆臣同意の罪科たるべきよし、觸知らしむべし、頭奉行の下知にしたがはずして他の陣にいたり、自己が功名ありとも同前、夜討並いかなる俄事出來るとも、下知なき間は懸出べからず、但敵其手先へ寄來る時は、其組頭の下知次第に進退すべし、
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