武家拾要記抄録 / 敬身篇・勇には三段がある、真の勇とは
一士卒の勇臆を知を要とする也、まづ勇は力なり、仁義の勇は忠と孝と也、仁義の勇ありて金鐵何ぞ恐るべき、血氣の勇ありて、忠孝の志なくば是を士といはんや、古人の詞に、力強くとも身に刃のたゝぬやうやある、甲冑能とも弓鐵のぬけざる事やある、走る事早くとも馬の走るにしかんやといへり、生得の勇とは、自然に威ありて恐るべき人を云也、凡人常に勇を養ふ時はかならず勇也、力を養ふ時は必力つよきものなり、又勇に三段ありとは、大敵を見てもおそれず、小敵を見てもあなどらず、謀を帷幕のうちにめぐらし、勝ことを千里の外に定むるを上の勇とし、一言耳にさかへば、死生をかへり見ず、利祿をわすれ、名を惜むを中の勇とし、怒るまじき事をいかり、惡むまじき人をにくみ、猥に人の上に立んことを好むを下の勇とす、兵の勇とは、剛力早わざ弓馬、太刀打などの達者なるをいふなり、
新字:一士卒の勇臆を知を要とする也、まづ勇は力なり、仁義の勇は忠と孝と也、仁義の勇ありて金鉄何ぞ恐るべき、血気の勇ありて、忠孝の志なくば是を士といはんや、古人の詞に、力強くとも身に刃のたゝぬやうやある、甲冑能とも弓鉄のぬけざる事やある、走る事早くとも馬の走るにしかんやといへり、生得の勇とは、自然に威ありて恐るべき人を云也、凡人常に勇を養ふ時はかならず勇也、力を養ふ時は必力つよきものなり、又勇に三段ありとは、大敵を見てもおそれず、小敵を見てもあなどらず、謀を帷幕のうちにめぐらし、勝ことを千里の外に定むるを上の勇とし、一言耳にさかへば、死生をかへり見ず、利禄をわすれ、名を惜むを中の勇とし、怒るまじき事をいかり、悪むまじき人をにくみ、猥に人の上に立んことを好むを下の勇とす、兵の勇とは、剛力早わざ弓馬、太刀打などの達者なるをいふなり、
書き下し
一士卒の勇臆を知を要とする也、まづ勇は力なり、仁義の勇は忠と孝と也、仁義の勇ありて金鐵何ぞ恐るべき、血氣の勇ありて、忠孝の志なくば是を士といはんや、古人の詞に、力強くとも身に刃のたゝぬやうやある、甲冑能とも弓鐵のぬけざる事やある、走る事早くとも馬の走るにしかんやといへり、生得の勇とは、自然に威ありて恐るべき人を云也、凡人常に勇を養ふ時はかならず勇也、力を養ふ時は必力つよきものなり、又勇に三段ありとは、大敵を見てもおそれず、小敵を見てもあなどらず、謀を帷幕のうちにめぐらし、勝ことを千里の外に定むるを上の勇とし、一言耳にさかへば、死生をかへり見ず、利祿をわすれ、名を惜むを中の勇とし、怒るまじき事をいかり、惡むまじき人をにくみ、猥に人の上に立んことを好むを下の勇とす、兵の勇とは、剛力早わざ弓馬、太刀打などの達者なるをいふなり、
現代語訳
一つ、士卒の勇と臆を知ることが要です。まず勇は力です。仁義の勇は忠と孝です。仁義の勇があれば、金や鉄を何で恐れることがありましょう。血気の勇があっても忠孝の志がなければ、これを士と言えるでしょうか。古人の言葉に、力が強くても身に刃が立たないことがあろうか、甲冑がよくても弓の鉄が通らないことがあろうか、走るのが速くても馬が走るのに及ぶだろうか、とあります。生まれつきの勇とは、自然に威があって恐れられる人を言います。おおよそ人は常に勇を養えば必ず勇者となり、力を養えば必ず力が強くなるものです。また、勇に三段があるといいます。大敵を見ても恐れず、小敵を見ても侮らず、謀を陣幕の内にめぐらし、勝つことを千里の外に定めるのを上の勇とし、一言が耳に逆らえば、死生を顧みず、利禄を忘れ、名を惜しむのを中の勇とし、怒るべきでないことに怒り、憎むべきでない人を憎み、みだりに人の上に立つことを好むのを下の勇とします。兵の勇とは、剛力、早業、弓馬、太刀打ちなどの達者なことを言います。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『武士訓』卷二・第8段武士は勇をうちにふくみて。外にあらはさゞること本意なり。文武を兼學て後自得すべし。但し武道にのみこゝろを用る者。年齡にて。心術ねれざるうちは。裏に勇をふくめば。かならず表にも見ゆるなり。古語に珠藏而川媚。玉韞而山輝といへるごとし。これを怯弱の者は。うわさものなどと見あやまつたぐひあり。又生得暴惡にして不義の徒もあり。おの〳〵言行をためしみて後さとすべし。今の俗をみるに。和愛ある人は柔弱に。勇敢の人は麁暴なり。こゝをもつて。前にいへるごとく。はじめに書をよませて道をしらしめ。後に武術をならはすべし。かくのごとくまなぶときは。柔弱麁暴二つのゐえ有べからず。
-
『呻吟語』外篇・品藻・至勇は氣無し小勇は噭燥、巧勇は色笑、大勇は沉毅、至勇は氣無し。
-
『童子問』卷下問ふ、王陽明、徐成之に答ふる二書に自ら謂ふ、天下朱を是とし陸を非とすること、論定まること既に久し。一旦之に反するは難しと為す。姑く調停両可の説を為して、人をして自ら思うて之を得しむと。如何。曰く、夫れ勇は断に生じ、断は明に生じ、明は智に生じ、智は学を以て大なり。苟も之を知ること明らかならば、則ち是を是とし非を非とし、一刀両断にして、少しも仮借することを得ず。故に孟子曰く、予豈に弁を好まんや、予已むことを得ざるなりと。陽明の人と為りや、聡明絶倫にして、古今に縦にす。二公と雖も、及ばざること遠く甚だし。然れども学問空疎にして、磨励の功甚だ少なし。而して其の学本禅学に得て、孔孟の宗旨に於ては、実に数塵なり。故に其の書含糊衡決にして、二公の肯綮に中ること多きを得ず。朱門の為に廻護するに似たり。但書中の所謂重脊にして叛孔を厭はずといふ数句は、実に今の学者の真病に中る。
-
『文武訓』武訓下一勇者は外をあらくせず。荀子が、能く定つて後能く応ずといへるが如くなるべし。いふ意は、敵にむかひては、心をしづかに定めてうごかさずして、よく敵に勝つ。外に気をうごかして、かるがるしくさわがしきは、内に敵に応ずべき根なし。人に勝ちがたし。
-
『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
-
『武士道』第十二章 切腹及び敵討・生を求むるは真の大勇真の名誉とは、天の命ずる所のものを成就するの謂ひなり。之れが為に招くの死は必ずや恥辱に非らず。然るに一死以て天の賦与する所を免れんとするが如きは、真に怯懦なりと云ふべし。サア・トマス・ブラウンの奇書『医道宗教』は、英語を以て我国武士道の常に教ふる所と其軌を一にせる訓戒を説破して曰く、『死を軽んずるは勇なり。されど生の死よりも恐るべきに臨んで、敢て生を求むるは真の大勇なり』と。古への名僧の諷言にも、『平生何程口巧者に云ふとも、死にたることの無き侍は、まさかの時に逃げ隠れするものなり』と云ひ、又た『一たび心の中にて死したる者には、真田の槍も為朝の矢も透らず』と。此等の語は、蓋し吾人をして、『我が為に生命を喪ふ者は之を得べし』と云へる大工匠の建てたる殿堂の門に近邇せしむるものに非らずや。