武家拾要記抄録 / 敬身篇・士の身なりと言葉・色欲飲食の慎み
一士は、何時たれが見ても士と見る樣に出立べし、惣じて士は常に持鎗傍をはなつべからず、假初の物語にも、武篇の義は皆人吟味するものなれば、過言あるべからず、たとひ實也とても他のをくれを語るべからず、殊に己が恐るゝまゝに、他の武篇を見聞て、かくはなるまじ、又某には負まじなどは云ふべからず、一具足着初には、其師たる人、或は頼親など來りて着する也、きる人もきする人も共に祝言し、酒肴のまふけあるべし、惣じて大將の武具馬具などは、人々の見しらぬやうに、一通りこしらへてたしなむ事也、一大人は色欲を慎み、小人は飲食を慎むべしといへり、惣じて諸道を學ぶものは、色欲飲食を慎む事肝要也、凡心がけ深き士は、夜更て眠をさまし、夜の衣をうすくし、夏の夜の蚊、冬の夜のねふり、いづれもいとふ事なく倦ことなしといへり、旅ねの用心には、錐をもつて門戸障子を閉べし、或は幕をかこみて鈴をつけ、或は夜ふけて後寐所をかゆるなり、
新字:一士は、何時たれが見ても士と見る様に出立べし、惣じて士は常に持鎗傍をはなつべからず、仮初の物語にも、武篇の義は皆人吟味するものなれば、過言あるべからず、たとひ実也とても他のをくれを語るべからず、殊に己が恐るゝまゝに、他の武篇を見聞て、かくはなるまじ、又某には負まじなどは云ふべからず、一具足着初には、其師たる人、或は頼親など来りて着する也、きる人もきする人も共に祝言し、酒肴のまふけあるべし、惣じて大将の武具馬具などは、人々の見しらぬやうに、一通りこしらへてたしなむ事也、一大人は色欲を慎み、小人は飲食を慎むべしといへり、惣じて諸道を学ぶものは、色欲飲食を慎む事肝要也、凡心がけ深き士は、夜更て眠をさまし、夜の衣をうすくし、夏の夜の蚊、冬の夜のねふり、いづれもいとふ事なく倦ことなしといへり、旅ねの用心には、錐をもつて門戸障子を閉べし、或は幕をかこみて鈴をつけ、或は夜ふけて後寐所をかゆるなり、
書き下し
一士は、何時たれが見ても士と見る樣に出立べし、惣じて士は常に持鎗傍をはなつべからず、假初の物語にも、武篇の義は皆人吟味するものなれば、過言あるべからず、たとひ實也とても他のをくれを語るべからず、殊に己が恐るゝまゝに、他の武篇を見聞て、かくはなるまじ、又某には負まじなどは云ふべからず、一具足着初には、其師たる人、或は頼親など來りて着する也、きる人もきする人も共に祝言し、酒肴のまふけあるべし、惣じて大將の武具馬具などは、人々の見しらぬやうに、一通りこしらへてたしなむ事也、一大人は色欲を慎み、小人は飲食を慎むべしといへり、惣じて諸道を學ぶものは、色欲飲食を慎む事肝要也、凡心がけ深き士は、夜更て眠をさまし、夜の衣をうすくし、夏の夜の蚊、冬の夜のねふり、いづれもいとふ事なく倦ことなしといへり、旅ねの用心には、錐をもつて門戸障子を閉べし、或は幕をかこみて鈴をつけ、或は夜ふけて後寐所をかゆるなり、
現代語訳
一つ、士は、いつ誰が見ても士と見えるように身支度すべきです。すべて士は常に持鑓を傍から離してはなりません。ふとした物語でも、武篇のことは皆が吟味するものなので、言い過ぎがあってはなりません。たとえ真実であっても、他人の遅れ(不覚)を語ってはなりません。とくに、自分が恐れるままに他人の武篇を見聞きして、「このようにはなるまい」「某には負けまい」などと言ってはなりません。一つ、具足の着初めには、その師である人、あるいは頼み親などが来て着せるものです。着る人も着せる人もともに祝言し、酒肴の用意をするべきです。すべて大将の武具・馬具などは、人々が見知らぬように、一通りこしらえて嗜むものです。一つ、大人は色欲を慎み、小人は飲食を慎むといいます。すべて諸道を学ぶ者は、色欲と飲食を慎むことが肝要です。およそ心がけの深い士は、夜更けに眠りを覚まし、夜の衣を薄くし、夏の夜の蚊、冬の夜の眠気を、いずれも嫌わず、倦むことがないといいます。旅寝の用心には、錐で門戸や障子を閉じるべきです。あるいは幕で囲んで鈴をつけ、あるいは夜が更けてから寝所を変えるのです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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