武人訓抄録 / 智は理を窮め書を読む
一智は武德の魁にして將帥の經たり、武人まづ辨知すべし、夫れ是を求むるの道、理を窮むるより大なるはなし、理を窮むるの要、書を讀むより大なるはなし、をよそ天下の事、人倫の大より事物の小にいたるまで、理あらずといふ事なし、要妙精微各攸當あり、古より今に亘て移易すべからざるものは、唯聖人よくこれを盡す、其行ところ其言ところ、天下後世不易の大法たり、其餘これに順ふものは四海を保じて君子たり、これに背くものは一己を不保して小人たり、もつて法となりもつて戒となる、粲然の跡必然の效、經傳史集の中に不具といふ事なし、不測の智を求めむと欲して、理を窮る事不能、古今の理を窮めむと欲して、書を讀む事を不嗜ば、正に面に牆して立るに均からん、學者謹て辨ふべし、
新字:一智は武徳の魁にして将帥の経たり、武人まづ弁知すべし、夫れ是を求むるの道、理を窮むるより大なるはなし、理を窮むるの要、書を読むより大なるはなし、をよそ天下の事、人倫の大より事物の小にいたるまで、理あらずといふ事なし、要妙精微各攸当あり、古より今に亘て移易すべからざるものは、唯聖人よくこれを尽す、其行ところ其言ところ、天下後世不易の大法たり、其余これに順ふものは四海を保じて君子たり、これに背くものは一己を不保して小人たり、もつて法となりもつて戒となる、粲然の跡必然の効、経伝史集の中に不具といふ事なし、不測の智を求めむと欲して、理を窮る事不能、古今の理を窮めむと欲して、書を読む事を不嗜ば、正に面に牆して立るに均からん、学者謹て弁ふべし、
書き下し
一智は武德の魁にして將帥の經たり、武人まづ辨知すべし、夫れ是を求むるの道、理を窮むるより大なるはなし、理を窮むるの要、書を讀むより大なるはなし、をよそ天下の事、人倫の大より事物の小にいたるまで、理あらずといふ事なし、要妙精微各攸當あり、古より今に亘て移易すべからざるものは、唯聖人よくこれを盡す、其行ところ其言ところ、天下後世不易の大法たり、其餘これに順ふものは四海を保じて君子たり、これに背くものは一己を不保して小人たり、もつて法となりもつて戒となる、粲然の跡必然の效、經傳史集の中に不具といふ事なし、不測の智を求めむと欲して、理を窮る事不能、古今の理を窮めむと欲して、書を讀む事を不嗜ば、正に面に牆して立るに均からん、學者謹て辨ふべし、
現代語訳
智は武徳の先頭であり、将帥の根本です。武人はまずこれを弁え知りなさい。これを求める道は、理を窮めることより大きなものはありません。理を窮める要は、書を読むことより大きなものはありません。おおよそ天下の事は、人倫の大から事物の小に至るまで、理がないものはありません。要妙精微にそれぞれ当たるところがあります。古より今に至って変えてはならないものは、ただ聖人がよくこれを尽くしました。その行うところ、言うところは、天下後世に変わらない大法です。その他、これに従うものは四海を保って君子となり、これに背くものは一身も保てず小人となります。これが法となり戒めとなります。明らかな事跡、必然の効果は、経・伝・史・集の中に備わらないものはありません。測りがたい智を求めようとして理を窮められず、古今の理を窮めようとして書を読むことを好まないのは、ちょうど壁に向かって立つのと同じです。学者は慎んで弁えなさい。
解説
この章句が説くこと
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