武治提要 / 武智・第1段
武道武事を明辨して、誤惑することなき、これを武智と云。たとへ古今の史籍に通じ、倭漢の文學を盡すとも、武道にくらきときは、武將の智と稱するにたらず。凡智は情意の用にして、才は智の用なり。古を學て多く知は智也。內に積てこれを外に推及し、今日の武道に能用て其變化に應ずるは、才なり。
新字:武道武事を明弁して、誤惑することなき、これを武智と云。たとへ古今の史籍に通じ、倭漢の文学を尽すとも、武道にくらきときは、武将の智と称するにたらず。凡智は情意の用にして、才は智の用なり。古を学て多く知は智也。内に積てこれを外に推及し、今日の武道に能用て其変化に応ずるは、才なり。
書き下し
武道武事を明辨して、誤惑することなき、これを武智と云。たとへ古今の史籍に通じ、倭漢の文學を盡すとも、武道にくらきときは、武將の智と稱するにたらず。凡智は情意の用にして、才は智の用なり。古を學て多く知は智也。內に積てこれを外に推及し、今日の武道に能用て其變化に應ずるは、才なり。
現代語訳
武道・武事をはっきり弁えて、誤り惑うことがない、これを武智という。たとえ古今の史籍に通じ、日本と中国の文学を尽くしても、武道に暗ければ、武将の智と称するには足りない。およそ智は情意の用であり、才は智の用である。古を学んで多く知るのは智である。内に積んで、それを外に推し及ぼし、今日の武道によく用いてその変化に応ずるのは、才である。
解説
武智を、武道と武事を弁えて惑わないことと定義し、史書や文学に通じていても武道に暗ければ武将の智とは言えないと言います。さらに、学んで多く知るのが智、それを内に積んで今日の武道に活かして変化に応じるのが才だと、智と才を分けます。知識の量より、現場に使える形にする働きを重んじる語り口です。研修や読書で知識を貯めても、自分の職場の課題に当てはめなければ成果にならない、という現代の悩みと重なります。学んだことをどの場面で使うかを決めて初めて、才になります。
この章句が説くこと
武智智と才知識応用変化に応ずる武治提要
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