武人訓抄録 / 文武を總べる神武
一武の義たる、古と今と同じからず、漢と和と均しからず、古の武は文に配し、今の武は文武を總ぶ、其文に配するもの號て右武といふ、これ討賊破敵の道たり、其文武を總ぶるもの號て神武といふ、これ經國撥亂の道たり、漢の武は道の輔とす、和の武は道の主とす、其輔とするものは即文に配する武也、其主とするものは即文武を總る武なり、往古今來吾本邦の俗士等、いまだ此神武ある事をさとらず、妄りに文武をもて左右の道とす、甚あやまれり、學者すみやかに會得すべし、
新字:一武の義たる、古と今と同じからず、漢と和と均しからず、古の武は文に配し、今の武は文武を総ぶ、其文に配するもの号て右武といふ、これ討賊破敵の道たり、其文武を総ぶるもの号て神武といふ、これ経国撥乱の道たり、漢の武は道の輔とす、和の武は道の主とす、其輔とするものは即文に配する武也、其主とするものは即文武を総る武なり、往古今来吾本邦の俗士等、いまだ此神武ある事をさとらず、妄りに文武をもて左右の道とす、甚あやまれり、学者すみやかに会得すべし、
書き下し
一武の義たる、古と今と同じからず、漢と和と均しからず、古の武は文に配し、今の武は文武を總ぶ、其文に配するもの號て右武といふ、これ討賊破敵の道たり、其文武を總ぶるもの號て神武といふ、これ經國撥亂の道たり、漢の武は道の輔とす、和の武は道の主とす、其輔とするものは即文に配する武也、其主とするものは即文武を總る武なり、往古今來吾本邦の俗士等、いまだ此神武ある事をさとらず、妄りに文武をもて左右の道とす、甚あやまれり、學者すみやかに會得すべし、
現代語訳
武の意義は、古と今で同じではなく、漢と和でも等しくありません。古の武は文に配され、今の武は文と武を総べるものです。文に配されるものを右武といい、これは賊を討ち敵を破る道です。文武を総べるものを神武といい、これは国を治め乱を収める道です。漢の武は道の補助とし、和の武は道の主とします。補助とするものは、すなわち文に配される武であり、主とするものは、すなわち文武を総べる武です。昔から今に至るまで、わが国の俗な士たちは、まだこの神武があることを悟らず、みだりに文武を左右の道としています。大いに誤りです。学者は速やかに会得しなさい。
解説
この章句が説くこと
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『武人訓抄録』・武の字義と本書への序凡そ士君子の道とする所は、能く己を修めて以て亂を戢め、易に居て以て難を制すれば、則ち往く所として至大至剛ならざる無し。且つ夫れ武の字たるや、干戈を止め、咸寧に歸するを以て義と爲す。豈に暴虎馮河の謂ならんや。世の武を講ずる者は、多く揣摩譎詐、人を致して人に致されざるを以て、此の學の樞要と爲す。奚ぞ神武の運用發揚方無くして、多々益々辨じ、斯の道を轉々するを知るに足らんや。然れども其の敎へたるや、德に仁義忠信に據り、藝に刺擊射騎に游ぶに過ぎざるのみ。蓋し其の至るに及びては、古の所謂聰明睿智にして殺さざる者、其れ亦庶幾からんか。村井氏の此の書を編むや、雜兵家者流を超ゆること、何ぞ啻に倍蓰のみならんや。顧みるに夫れ吾が秀眞英靈の鍾まる所、風敎萬方に大いに殊なり。越に純粹精銳の道を以てし、斯の民をして忠に克く孝に克くして時義に嚮はざる莫からしめば、則ち人を致して人に致されずといふ者は、又何ぞ道ふに足らんや。嗚呼、彼の剽襲を事とする者は、碱砆を以て和璧に混じ、囁々焉として之を詭秘す。今は古に邁ぎ、故に天錫の神武を僭して躬ら太阿の鋒を鈍くする者多し。嘗て竊かに此の編の指を觀るに、固より神武に臻るの棧梯なり。斯に從事する者は、尚くは其れ勉めよ。僕は未だ其の門牆を瞰ず、浪りに固陋の心を叩き、將た復た愧報に勝へず。豈に敢て之を序すと云はんや。豈に敢て之を序すと云はんや。
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『海国兵談抄録』・第十六巻 略書・文武は大徳、兵を用いる二つの道文武は天下の大德にして、偏廢すべからず、禮樂刑政、總て國家を經濟する事、文にあらざれば、程よき事を不得、暴逆を討伐して、國家の害を除く事は、武にあらざれば叶難し、夫國家を經濟する者は、刑を設て、非を禁ず、蓋兵は刑の大なるもの也、此故に先王、屢兵の事を云り、又湯王、商を興し、文武、周を興す、皆能武を用いたり、我神武帝始て一統の業を成て、人統を立給しより、神功皇后、三韓を臣服せしめ、太閤の朝鮮を討伐して、今の世迄も、本邦に服從せしむる事など、皆武德の輝ける所也、然るに物本末あり、文は武の本なり、文を知ざれば、武の本體を會得しがたし、近頃今川了俊が、不知文道而武道遂不得勝利と云るは、文武一致の趣を呑込たる言にして、俗見の上には殊勝也、抑兵に二あり、國家を安ずる爲に兵を用る者あり、利欲を姿にする爲に兵を用る者あり、夫暴亂の者出て、民を惱し、國家を動亂する時は兵を出し、威武を示して、暴客を討伐し、國家の害を除く、是政の爲に兵を用る也、其外一揆の徒出て、干戈起る事あり、或は恨に因て、不意の軍を起し、又は外國より來り襲事もあり、總て不慮の動亂あるが爲に、平生武を不忘は、國家に主たる者の愼にして、是兵の正面、武備の眞中也、故に司馬法に天下雖安、忘戰則必危、と云り、是を以て思へば、
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『匡正論』・文と武はもとひとつの安民の道文武之義知れ易きに似て其實知れ易きに非るにや、俗士動もすれば其實を失ふものあり、夫文と云は中華先聖王の立賜へる道を狀りて云たる也、其道をさして文と云は如何となれば、先天に天文と云、地に地理と云、先王の道の大原より出て、天に法りて道を立玉ひ、禮樂の敎粲然たる以天下を安治する道なる故に文とは云也、武と云は文字に於ても止戈を義とする也、又戡亂也と注して、天下の亂逆を靜むるをさして云也、故に武の本意は民を安ずるの仁心より亂逆を靜て國土を安ぜん爲にて、先王安民の道の一端にて、治る時は文を用ひ亂る時は武を用ふと云までの事にて、畢竟文武は唯一道なり、後世の如き文道武道と云樣なる別にては無き也、古の君子の先王の道を學と云ふは學宮の中に優游而六藝を學び行ひ自然に其位を成す、各性質の偏有に因て盛德の上にて見れば、文事の人ともなり、されば古も文武兼備の人を以て盛德とする事にて、其故は軍事あれば六卿皆出て將軍となる事なれば、文武の才にあらざれば卿とは成がたきなり、三代の君子みな劍を帶するも是故也、後世秦漢以後の文武宮を殊にし政を殊にする比ひには非ずと知るべし、故に詩經に尹吉甫稱して、文武吉甫萬邦爲憲と云へり、又禮記に勇而有强力者、天下無事、則用之於禮儀、天下有事、則用之於戰勝、則無敵、用之禮儀則順治、外無敵、內順治、此之謂盛德と云へり、君子の勇强は匹夫兵卒の比ひに非る事可見也、又左傳僖公二十七年に、晉國將軍の才を撰び、卻縠と云人禮樂を說び詩書に敦なるを以て擢て將軍となせし事あり、後世より見れば、將軍の才の撰び方格別なる樣なれども、

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