武人訓抄録 / 鼠の五技に学ぶ専心
一碩鼠の能たるや、よく飛ども屋に上る事不能、よく緣ども木に窮る事不能、よく游ども谷を度る事不能、よく穴ども身を藏す事不能、よく走ども人に先つ事不能と云り、士人の藝能を肆にも亦此こゝろ夥かるべし、故にまづ其得失を辨へ、己に得ある術を擇びて一二をならひ、他藝のごきは其好む所にしたがひ、餘力をもて習ふべし、主藝を不勤して妄に多岐に涉れば、必ず妙用を爲にいたらず、彼碩鼠の五能ありて一技に不堪、還て蚊蚋の驥尾に付一得にだも及ざる事、勇士たらんものゝ、心膽に銘じて愧べき事也、
新字:一碩鼠の能たるや、よく飛ども屋に上る事不能、よく縁ども木に窮る事不能、よく游ども谷を度る事不能、よく穴ども身を蔵す事不能、よく走ども人に先つ事不能と云り、士人の芸能を肆にも亦此こゝろ夥かるべし、故にまづ其得失を弁へ、己に得ある術を択びて一二をならひ、他芸のごきは其好む所にしたがひ、余力をもて習ふべし、主芸を不勤して妄に多岐に渉れば、必ず妙用を為にいたらず、彼碩鼠の五能ありて一技に不堪、還て蚊蚋の驥尾に付一得にだも及ざる事、勇士たらんものゝ、心胆に銘じて愧べき事也、
書き下し
一碩鼠の能たるや、よく飛ども屋に上る事不能、よく緣ども木に窮る事不能、よく游ども谷を度る事不能、よく穴ども身を藏す事不能、よく走ども人に先つ事不能と云り、士人の藝能を肆にも亦此こゝろ夥かるべし、故にまづ其得失を辨へ、己に得ある術を擇びて一二をならひ、他藝のごきは其好む所にしたがひ、餘力をもて習ふべし、主藝を不勤して妄に多岐に涉れば、必ず妙用を爲にいたらず、彼碩鼠の五能ありて一技に不堪、還て蚊蚋の驥尾に付一得にだも及ざる事、勇士たらんものゝ、心膽に銘じて愧べき事也、
現代語訳
大きな鼠の能力は、よく飛ぶが屋根に上れず、よく木に登るが梢まで行けず、よく泳ぐが谷を渡れず、よく穴を掘るが身を隠せず、よく走るが人より先に行けない、と言います。士人が諸芸を習う場合にも、こうした心得が大いにあるべきです。ですからまずその得意不得意を弁え、自分に適した術を選んで一つ二つを習い、他の芸は好むところに従って余力で習いなさい。主となる芸を勤めず、むやみに多方面に手を出せば、必ず妙用に至りません。あの鼠は五つの能がありながら一つの技を成せず、かえって蚊や虻が駿馬の尾につかまって遠くへ行く一得にも及ばないのです。勇士たらんとする者は、心に刻んで恥じるべきことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『学問のすゝめ』十六編・心事と働きと相当すべきの論・心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ず第一 人の働きには、大小軽重の別あり。芝居も人の働きなり、学問も人の働きなり、人力車を挽くも、蒸気船を運用するも、鍬をとりて農業するも、筆を揮いて著述するも、等しく人の働きなれども、役者たるを好まずして学者たるを勤め、車挽きの仲間に入らずして航海の術を学び、百姓の仕事を不満足なりとして著書の業に従事するがごときは、働きの大小軽重を弁別し、軽小を捨てて重大に従うものなり。人間の美事と言うべし。然りしこうして、そのこれを弁別せしむるものはなんぞや。本人の心なり、また志なり。かかる心志ある人を名づけて心事高尚なる人物と言う。ゆえにいわく、人の心事は高尚ならざるべからず、心事高尚ならざれば働きもまた高尚なるを得ざるなり。
-
うひ山ぶみ・第八段然はあれども、まづかの学のしなじなは、他よりしひて、それをとはいひがたし、大抵みづから思ひよれる方にまかすべき也、
-
『呻吟語』内篇・問學・學は擇ぶ有るを貴ぶ百家を羅ぬる者は、浩瀚の詞多し。一家に工みなる者は、獨詣の語有り。學者限り有るの目力を以て、其の律涯を竟へんと欲し、鹵莽の心思を以て、其の蘊奧を探らんと欲す。豈に難からずや。故に學は擇ぶ有るを貴ぶ。
-
易経・隨卦官渝わる有りとは、正に従えば吉なるなり。門を出でて交われば功有りとは、失わざるなり。小子に系るとは、兼ね与せざるなり。丈夫に系るとは、志下を舎つるなり。随いて獲る有りとは、其の義凶なるなり。孚有りて道に在りとは、明の功なり。嘉に孚あり、吉とは、位正中なればなり。之を拘系すとは、上窮まるなり。
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「以て取る可く、以て取る無かる可し。取れば廉を傷つく。以て與う可く、以て與うる無かる可し。與うれば惠を傷つく。以て死す可く、以て死する無かる可し。死すれば勇を傷つく。」
-
孫子・行軍篇之を令するに文を以てし、之を斉うるに武を以てす。是を必取と謂う。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る