武学啓蒙 / 論・友との交わりに礼を忘れず、感情に乗らない
○凡そ、人、朋友なきこと、あたわず、道を、たすけ、あふの道具なればなり、今川の戒めにても、水は方圓の器に、したがひ、人は、善惡の友に、よるともあれば、大切の事也、古人、交遊の益損を論ずるもの多し、識者に、よりて、きくべし、又一條の心得あり、諺に、親き際には、垣あれど、心やすく交る中、わけて禮義を、忘るまじきこと、第一なり、大抵、たがひに、心やすく交ること、日久しき時は、おぼへず、禮義も、うすく、なりやすく、自然と、言葉も、不敬猥雜に、流れやすし、且又、人情の常にて、己れの功のみを記て、人の功は、忘れ、やすきわけあれば、彼も、此も、たがひに、おもへらく、いつの時こそ、我かゝる恩をも、きせたればと云底意より、また互に、かほどのこと、ありたればとて、など、自ら高く、ゆるしたるも、事なき、あひだは、波風、さらに、たゝざれども、淵瀨の、かわりあるにあふては、はからざる、ものいひとなり、大害を引出す、ためしあり、小事は、大事のはじめ、心やすだての、そこつ、戲れ、まじりの、かげぐちは、きわめて、愼むべきこと、知べし、次に又の一條あり、交遊、蘊めることもなく、打とけたる場、狎れたる人などに、對しては、七情の動ずる所、大に心を用ゆべし、其時、喜きの餘り、愛きの餘り、怒の餘り、悲しきの餘り、いづれも、勢ひに、のらば、立ても、居ても、とゞまりがたき、ありさま、ものいひしも、なせしことも、けしからぬものあり、日たち、漸やく、心しづまりては、酒の醉の、さめたる心地にて、喜も、怒も、其はじめの半にも、あらざれば、言葉も、たがふこと多く、約せしことも、そむくに、いたるべし、武士たるもの、此所の遠慮、心を、しづめ、言行を、かりそめに、せざるの慎み、常に忘るべからず、
新字:○凡そ、人、朋友なきこと、あたわず、道を、たすけ、あふの道具なればなり、今川の戒めにても、水は方円の器に、したがひ、人は、善悪の友に、よるともあれば、大切の事也、古人、交遊の益損を論ずるもの多し、識者に、よりて、きくべし、又一条の心得あり、諺に、親き際には、垣あれど、心やすく交る中、わけて礼義を、忘るまじきこと、第一なり、大抵、たがひに、心やすく交ること、日久しき時は、おぼへず、礼義も、うすく、なりやすく、自然と、言葉も、不敬猥雑に、流れやすし、且又、人情の常にて、己れの功のみを記て、人の功は、忘れ、やすきわけあれば、彼も、此も、たがひに、おもへらく、いつの時こそ、我かゝる恩をも、きせたればと云底意より、また互に、かほどのこと、ありたればとて、など、自ら高く、ゆるしたるも、事なき、あひだは、波風、さらに、たゝざれども、淵瀨の、かわりあるにあふては、はからざる、ものいひとなり、大害を引出す、ためしあり、小事は、大事のはじめ、心やすだての、そこつ、戯れ、まじりの、かげぐちは、きわめて、慎むべきこと、知べし、次に又の一条あり、交遊、蘊めることもなく、打とけたる場、狎れたる人などに、対しては、七情の動ずる所、大に心を用ゆべし、其時、喜きの余り、愛きの余り、怒の余り、悲しきの余り、いづれも、勢ひに、のらば、立ても、居ても、とゞまりがたき、ありさま、ものいひしも、なせしことも、けしからぬものあり、日たち、漸やく、心しづまりては、酒の酔の、さめたる心地にて、喜も、怒も、其はじめの半にも、あらざれば、言葉も、たがふこと多く、約せしことも、そむくに、いたるべし、武士たるもの、此所の遠慮、心を、しづめ、言行を、かりそめに、せざるの慎み、常に忘るべからず、
書き下し
○凡そ、人、朋友なきこと、あたわず、道を、たすけ、あふの道具なればなり、今川の戒めにても、水は方圓の器に、したがひ、人は、善惡の友に、よるともあれば、大切の事也、古人、交遊の益損を論ずるもの多し、識者に、よりて、きくべし、又一條の心得あり、諺に、親き際には、垣あれど、心やすく交る中、わけて禮義を、忘るまじきこと、第一なり、大抵、たがひに、心やすく交ること、日久しき時は、おぼへず、禮義も、うすく、なりやすく、自然と、言葉も、不敬猥雜に、流れやすし、且又、人情の常にて、己れの功のみを記て、人の功は、忘れ、やすきわけあれば、彼も、此も、たがひに、おもへらく、いつの時こそ、我かゝる恩をも、きせたればと云底意より、また互に、かほどのこと、ありたればとて、など、自ら高く、ゆるしたるも、事なき、あひだは、波風、さらに、たゝざれども、淵瀨の、かわりあるにあふては、はからざる、ものいひとなり、大害を引出す、ためしあり、小事は、大事のはじめ、心やすだての、そこつ、戲れ、まじりの、かげぐちは、きわめて、愼むべきこと、知べし、次に又の一條あり、交遊、蘊めることもなく、打とけたる場、狎れたる人などに、對しては、七情の動ずる所、大に心を用ゆべし、其時、喜きの餘り、愛きの餘り、怒の餘り、悲しきの餘り、いづれも、勢ひに、のらば、立ても、居ても、とゞまりがたき、ありさま、ものいひしも、なせしことも、けしからぬものあり、日たち、漸やく、心しづまりては、酒の醉の、さめたる心地にて、喜も、怒も、其はじめの半にも、あらざれば、言葉も、たがふこと多く、約せしことも、そむくに、いたるべし、武士たるもの、此所の遠慮、心を、しづめ、言行を、かりそめに、せざるの慎み、常に忘るべからず、
現代語訳
そもそも、人は朋友がいないではいられません。道を助け合う道具だからです。今川(了俊)の戒めにも「水は方円の器に従い、人は善悪の友による」とあり、大切なことです。古人は交遊の益損を論じたものが多いので、識者に頼って聞くべきです。また一箇条の心得があります。ことわざに「親しい際にも垣がある」とあるように、心安く交わる仲こそ、とりわけ礼儀を忘れてはならないことが第一です。だいたい、互いに心安く交わることが日久しいときは、知らぬ間に礼儀も薄くなりやすく、自然と言葉も不敬・猥雑に流れやすいものです。しかも人情の常として、自分の功だけを記憶して人の功は忘れやすいので、あちらもこちらも互いに「いつ私がこのような恩を着せたことか」という底意から、また互いに「これほどのことがあったから」などと自ら高く自負します。事がないうちは波風が立ちませんが、状況の変わり目に遭うと、思いがけない物言いとなり、大害を引き出す例があります。小事は大事の始めです。心安だての粗忽や、戯れ混じりの陰口は、きわめて慎むべきことと知るべきです。次にまた一箇条あります。交遊で、わだかまりもなく打ち解けた場、馴れた人などに対しては、七情の動くところに大いに心を用いるべきです。その時、喜びの余り、愛の余り、怒りの余り、悲しみの余り、いずれも勢いに乗れば、立っても座っても止まりがたい有様で、言ったことも行ったことも、けしからぬものがあります。日がたち、ようやく心が静まれば、酒の酔いが醒めた心地で、喜びも怒りも当初の半分にもならず、言葉も違うことが多く、約束したことにも背くに至るでしょう。武士たる者は、ここでの遠慮、心を静め、言行をかりそめにしない慎みを、常に忘れてはなりません。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
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『十七条憲法』第四条四に曰わく、群臣(まえつきみ)百寮(もものつかさ)、礼を以て本(もと)と為(せ)よ。其れ民を治むるの本、要(かなめ)は礼に在り。上(かみ)礼無くんば下(しも)斉(ととの)わず。下(しも)礼無くんば以て必ず罪有り。是(ここ)を以て、群臣礼有れば、位次(くらい)乱れず。百姓(ひゃくせい)礼有れば、国家(こっか)自(おのずか)ら治まる。
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『政談』內曲輪外曲輪御門番の事内曲輪にて供の者に笠を脱かする事内曲輪外曲輪の御門にては笠を脱がすへし、馬乗は片鐙を外つし、乗物は女中病人の外は戸を明くへし、箱根等の関所にてさへ辞儀有り、畢竟御城の廓門なる故礼儀斯の如くなるへし、古礼には公門に式すと云ふこと有るなり、近頃内曲輪にて供のものに日照笠をかふらせさすこと是れは聞えさること也、惣して供のものゝ日照笠をかふると云ふこと昔はなきことなり、御先々前御代に下々の炎天に頭を照らせらるゝを不憫に思召して上意あるより、承り伝へ人々炎天に笠をかふせたり、されとも屹としたる仰渡れもなけれは、二三年の間はかふらするものもあり、かふらせぬものもあり、その主人〳〵の心次第也、後は一同に風俗となりてかふせたり、されとも其主人かふれと云はされは下々もかふらす、是れ元来己か主人への礼儀にてかふらぬと云ふ事を下々も知りて斯の如し、屹としたる仰渡されなとも元来かふらぬこと故、飛越して公儀より仰渡さるゝ筋にもあらす、
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