武学啓蒙 / 論・小さな恥を戒め、恥を知る心を養う
○凡そ、武士の子弟、小事なれども、時の急なるに、のぞみ、扇、鼻紙など、とり落せしも、恥なり、まして、武具を、とり落し、失しなど云こと、あらば、まことの、うろたへものにて、丈夫は、立がたしと、かねてより、よく、云さかすべし、是君長への、大義を、とり落す恥を、防ぐ法なり、又かりそめの虛言も、武士の、大恥なるわけを、よくさとし、戒むべし、まして、戲遊にも、己が惡みを、人に托せたるは、けつして、ゆるすまじきなり、是も、事ある時、奪首、作武へん、賢能ある士を、ざんげんする、みれんの恥を、ふせぐ法なり、按ずるに、孔子の曰、恥を知るは、勇に近しと、孟子に、恥の人に、おける、其道、大なりと、今は、武門の要語となる、故に、本邦の古兵、こゝに心を用ひたるもの、多し、されば、人、恥を、知るときは、己れの分を、守り、恥を知らざるときは、己の分を、守るに、心なし、己の分を、守るに、心なきときは、放辟、邪侈、妄念、妄動して、其惡いひつくしがたきことあり、武士にて、其一を、論ぜば、しばらく、いでだちたるも、彼に似せ、此に摸したれば、羊にして、虎の皮を蒙たる如く、勇壯の姿も、持まへに、あらず、故に、いざと云ときは、心悸ぎ形うろたへ、もし、威權に、あふては、早く屈伏し、わづかに、困窮すれば、是にも、たへがたく、財寶に、ふれて、執着し、美色を、みて、目迷ひ、戰場に、のぞむが如きは、只僥倖、と云ことを、期と毛頭、恥を知り、名を惜む、心なき故、痛しと、にげ、ひどしと奔り、敵の餌を、はみては、重し、ひろひくび、奪首をも、なし、いでや、一たび、富貴ならばなど、慾心のみを、さきだて、恩にも、そむき、堅き約をも、變じ、やすし、もし、士の名を惜み、恥を知るに至ては、始より、己の分、大に明にして、野狐態の、偽造、贋作ならず、凡百の事爲、
新字:○凡そ、武士の子弟、小事なれども、時の急なるに、のぞみ、扇、鼻紙など、とり落せしも、恥なり、まして、武具を、とり落し、失しなど云こと、あらば、まことの、うろたへものにて、丈夫は、立がたしと、かねてより、よく、云さかすべし、是君長への、大義を、とり落す恥を、防ぐ法なり、又かりそめの虚言も、武士の、大恥なるわけを、よくさとし、戒むべし、まして、戯遊にも、己が悪みを、人に托せたるは、けつして、ゆるすまじきなり、是も、事ある時、奪首、作武へん、賢能ある士を、ざんげんする、みれんの恥を、ふせぐ法なり、按ずるに、孔子の曰、恥を知るは、勇に近しと、孟子に、恥の人に、おける、其道、大なりと、今は、武門の要語となる、故に、本邦の古兵、こゝに心を用ひたるもの、多し、されば、人、恥を、知るときは、己れの分を、守り、恥を知らざるときは、己の分を、守るに、心なし、己の分を、守るに、心なきときは、放辟、邪侈、妄念、妄動して、其悪いひつくしがたきことあり、武士にて、其一を、論ぜば、しばらく、いでだちたるも、彼に似せ、此に摸したれば、羊にして、虎の皮を蒙たる如く、勇壮の姿も、持まへに、あらず、故に、いざと云ときは、心悸ぎ形うろたへ、もし、威権に、あふては、早く屈伏し、わづかに、困窮すれば、是にも、たへがたく、財宝に、ふれて、執着し、美色を、みて、目迷ひ、戦場に、のぞむが如きは、只僥倖、と云ことを、期と毛頭、恥を知り、名を惜む、心なき故、痛しと、にげ、ひどしと奔り、敵の餌を、はみては、重し、ひろひくび、奪首をも、なし、いでや、一たび、富貴ならばなど、慾心のみを、さきだて、恩にも、そむき、堅き約をも、変じ、やすし、もし、士の名を惜み、恥を知るに至ては、始より、己の分、大に明にして、野狐態の、偽造、贋作ならず、凡百の事為、
書き下し
○凡そ、武士の子弟、小事なれども、時の急なるに、のぞみ、扇、鼻紙など、とり落せしも、恥なり、まして、武具を、とり落し、失しなど云こと、あらば、まことの、うろたへものにて、丈夫は、立がたしと、かねてより、よく、云さかすべし、是君長への、大義を、とり落す恥を、防ぐ法なり、又かりそめの虛言も、武士の、大恥なるわけを、よくさとし、戒むべし、まして、戲遊にも、己が惡みを、人に托せたるは、けつして、ゆるすまじきなり、是も、事ある時、奪首、作武へん、賢能ある士を、ざんげんする、みれんの恥を、ふせぐ法なり、按ずるに、孔子の曰、恥を知るは、勇に近しと、孟子に、恥の人に、おける、其道、大なりと、今は、武門の要語となる、故に、本邦の古兵、こゝに心を用ひたるもの、多し、されば、人、恥を、知るときは、己れの分を、守り、恥を知らざるときは、己の分を、守るに、心なし、己の分を、守るに、心なきときは、放辟、邪侈、妄念、妄動して、其惡いひつくしがたきことあり、武士にて、其一を、論ぜば、しばらく、いでだちたるも、彼に似せ、此に摸したれば、羊にして、虎の皮を蒙たる如く、勇壯の姿も、持まへに、あらず、故に、いざと云ときは、心悸ぎ形うろたへ、もし、威權に、あふては、早く屈伏し、わづかに、困窮すれば、是にも、たへがたく、財寶に、ふれて、執着し、美色を、みて、目迷ひ、戰場に、のぞむが如きは、只僥倖、と云ことを、期と毛頭、恥を知り、名を惜む、心なき故、痛しと、にげ、ひどしと奔り、敵の餌を、はみては、重し、ひろひくび、奪首をも、なし、いでや、一たび、富貴ならばなど、慾心のみを、さきだて、恩にも、そむき、堅き約をも、變じ、やすし、もし、士の名を惜み、恥を知るに至ては、始より、己の分、大に明にして、野狐態の、偽造、贋作ならず、凡百の事爲、
現代語訳
すべて武士の子弟は、小さなことではあっても、急な時に臨んで扇や鼻紙などを取り落とすのも恥です。まして武具を取り落とし、失うようなことがあれば、まことのうろたえ者で、立派な男子にはなりがたいと、日ごろからよく言い聞かせるべきです。これは主君・長上への大義を取り落とす恥を防ぐ方法です。また、かりそめの嘘も武士の大恥であるわけをよく諭し、戒めるべきです。まして戯れ遊びにも、自分の悪事を人になすりつけることは、決して許してはなりません。これも事ある時、首を奪い、武を作り、賢く能力のある士を讒言する、未練の恥を防ぐ方法です。考えてみると、孔子は「恥を知るのは勇に近い」と言い、孟子は「恥が人にとって持つ意味は大きい」と言いました。今では武門の要語となっています。それゆえ日本の古の兵にも、ここに心を用いた者が多くいます。そもそも人は恥を知るときは自分の分を守り、恥を知らないときは分を守る心がありません。分を守る心がないときは、わがまま・邪な奢り・妄念・妄動に走り、その悪は言い尽くしがたいほどです。武士についてその一つを論じれば、しばらく出で立ちも彼に似せ此に倣えば、羊が虎の皮をかぶったようなもので、勇ましい姿も自分のものではありません。ですからいざという時には、心が動悸し姿もうろたえ、威権に遭えば早く屈服し、わずかに困窮すればこれにも耐えがたく、財宝に触れて執着し、美色を見て目が迷い、戦場に臨むようなことも、ただ幸運だけを期待して、少しも恥を知り名を惜しむ心がありません。そのため、痛いと言っては逃げ、ひどいと言っては走り、敵の餌を食べては重く、拾い首・奪い首もし、さあ一度でも富貴になればなどと、欲心ばかりを先に立て、恩にも背き、堅い約束をも変えるのは、たやすいことです。もし士が名を惜しみ恥を知るに至れば、始めから自分の分が大いに明らかで、野狐のような偽造・贋作ではなく、あらゆる行いが、
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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『講孟余話』告子下 第二章此の章、徐行疾行を以て孝弟を論じ、言行衣服を以て堯桀を分つ。言浅近なりと云へども、其の然る所以の故を求めば、性の本然道の全体具に茲に存するは勿論なり。然れども心を舎てて言行を論ずるは至論に非ず。若し此の論のみを信ぜば、巧言令色、足恭色荘の者を以て孝弟とし、堯舜とするの誤りあらん。又或は義外の説に陥り、道を以て偽となすに近からん。是れ亦思はざるべからず。故に註に「詳らかにするに曹交の間、浅陋麤率、必ず其の進見の時、礼貌衣冠言動の間、多く礼に循はず、故に孟子之に告ぐること此の両節の如し」と云ふとあり。然れども曹交の浅陋麤率専ら言語上に於て求むべからず。唯言語外に於て其の精神を想像すべし。然らずんば十尺九尺の言浅陋の如しと云へども、上篇第七章足口耳目の喩の如きも亦相類すと云ふべし。故に其の浅陋の所は十尺九尺に非ず、其の言語動作の間少しも精神なきのみ。又梁襄王を以て曹交に比し、其の優劣を臆度せんに、襄王は小才ありて絶えて実心なし。曹交は遅鈍の極みと云へども、却つて少しの実心あり。故に襄王は必ず事を誤る人なり。曹交に至りては却つて大誤なかるべし。千古の人を懸空に論ずるは無益なれども、亦致格の一端ならんか。
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