武学啓蒙 / 論・分別を増す学びと、身の程の見極め
○凡そ花には、色香あるを賞し、武士は、分別多きを賞すべし、たゞ花に、色香を、ますの術あることを、きかず、幸ひ武士の分別を、ますに、道あり、學文、諸藝を習ふ是なり、此道を、學びても、何の、わきまへもなく、物事、ふけつだんにして、氣象とかくに、おくびやうけの、はなれがたきは、武士の家にては、是非もなき、生得の不具人と、云ものなり、如此の子孫ありとも、血脈斷絶に、ちかく、治にも、亂にも、用ひ所なき、わけにて、なげくも、猶あまりあることとなり、やむことを得ずんば、親の慈悲に、智慮、方便のくはしき、明師を、ゑらびて、敎訓、手をつくし、ため直し、みるべし、是にても、やはり、蒙昧あらためがたきは、士の業を、やむるに、しくはなし、器量に、すぎたる職に、あるは、ふかくをとり、わざわひを、ひきだす基なればなり、父師たるもの、知んずんば、あるべからず、案ずるに、楚語に、敎そなわりて、從ざるものは、非人なり、其興るべけんやと、適に、上條と、同談なり、只武士は、分別多きを賞すべしとは、いかゞなる云やうなれども、又子細ある詞にや、なるほど、農夫の、種を、おろし、くさぎり、かりいれ、大抵、里中一同、工の、すみ、かね、商の、一わり、二わりなど、各々、差略、むつかしからず、智慮分別、大ならずとも、そこ〱、怠らずんば、世は、わたるべし、唯士の業は、彼三民の、上にたち、天下國家と云ふ、天職の末にも、興れば、實に、操節正しくして、古今の事變に、達せる、經濟の學よりする、分別機轉にあらざれば、其用に、たちがたし、苟己れを行ふも、農工商の具贍なしと、云がたく、出て使する、一言とても、事によりての大事、君上に、かゝるあればなり、さらば、士の子弟、如癡如醉なるは、すてものと云も、誣たりとせず、
新字:○凡そ花には、色香あるを賞し、武士は、分別多きを賞すべし、たゞ花に、色香を、ますの術あることを、きかず、幸ひ武士の分別を、ますに、道あり、学文、諸芸を習ふ是なり、此道を、学びても、何の、わきまへもなく、物事、ふけつだんにして、気象とかくに、おくびやうけの、はなれがたきは、武士の家にては、是非もなき、生得の不具人と、云ものなり、如此の子孫ありとも、血脈断絶に、ちかく、治にも、乱にも、用ひ所なき、わけにて、なげくも、猶あまりあることとなり、やむことを得ずんば、親の慈悲に、智慮、方便のくはしき、明師を、ゑらびて、教訓、手をつくし、ため直し、みるべし、是にても、やはり、蒙昧あらためがたきは、士の業を、やむるに、しくはなし、器量に、すぎたる職に、あるは、ふかくをとり、わざわひを、ひきだす基なればなり、父師たるもの、知んずんば、あるべからず、案ずるに、楚語に、教そなわりて、従ざるものは、非人なり、其興るべけんやと、適に、上条と、同談なり、只武士は、分別多きを賞すべしとは、いかゞなる云やうなれども、又子細ある詞にや、なるほど、農夫の、種を、おろし、くさぎり、かりいれ、大抵、里中一同、工の、すみ、かね、商の、一わり、二わりなど、各々、差略、むつかしからず、智慮分別、大ならずとも、そこ〱、怠らずんば、世は、わたるべし、唯士の業は、彼三民の、上にたち、天下国家と云ふ、天職の末にも、興れば、実に、操節正しくして、古今の事変に、達せる、経済の学よりする、分別機転にあらざれば、其用に、たちがたし、苟己れを行ふも、農工商の具贍なしと、云がたく、出て使する、一言とても、事によりての大事、君上に、かゝるあればなり、さらば、士の子弟、如痴如酔なるは、すてものと云も、誣たりとせず、
書き下し
○凡そ花には、色香あるを賞し、武士は、分別多きを賞すべし、たゞ花に、色香を、ますの術あることを、きかず、幸ひ武士の分別を、ますに、道あり、學文、諸藝を習ふ是なり、此道を、學びても、何の、わきまへもなく、物事、ふけつだんにして、氣象とかくに、おくびやうけの、はなれがたきは、武士の家にては、是非もなき、生得の不具人と、云ものなり、如此の子孫ありとも、血脈斷絶に、ちかく、治にも、亂にも、用ひ所なき、わけにて、なげくも、猶あまりあることとなり、やむことを得ずんば、親の慈悲に、智慮、方便のくはしき、明師を、ゑらびて、敎訓、手をつくし、ため直し、みるべし、是にても、やはり、蒙昧あらためがたきは、士の業を、やむるに、しくはなし、器量に、すぎたる職に、あるは、ふかくをとり、わざわひを、ひきだす基なればなり、父師たるもの、知んずんば、あるべからず、案ずるに、楚語に、敎そなわりて、從ざるものは、非人なり、其興るべけんやと、適に、上條と、同談なり、只武士は、分別多きを賞すべしとは、いかゞなる云やうなれども、又子細ある詞にや、なるほど、農夫の、種を、おろし、くさぎり、かりいれ、大抵、里中一同、工の、すみ、かね、商の、一わり、二わりなど、各々、差略、むつかしからず、智慮分別、大ならずとも、そこ〱、怠らずんば、世は、わたるべし、唯士の業は、彼三民の、上にたち、天下國家と云ふ、天職の末にも、興れば、實に、操節正しくして、古今の事變に、達せる、經濟の學よりする、分別機轉にあらざれば、其用に、たちがたし、苟己れを行ふも、農工商の具贍なしと、云がたく、出て使する、一言とても、事によりての大事、君上に、かゝるあればなり、さらば、士の子弟、如癡如醉なるは、すてものと云も、誣たりとせず、
現代語訳
およそ花は色や香りがあるのを賞しますが、武士は分別が多いのを賞すべきです。ただ、花に色香を増す術は聞いたことがありません。幸い、武士の分別を増すには道があります。学問や諸芸を習うこれです。この道を学んでも、何の弁えもなく、物事に決断がつかず、気性がともすれば臆病気を離れがたいのは、武士の家では是非もない、生まれつきの不具者というものです。このような子孫がいては、血脈の断絶に近く、治世にも乱世にも用いどころがないという次第で、嘆いても嘆ききれないことです。やむを得なければ、親の慈悲として、智慮と方便にくわしい明師を選び、教訓の手を尽くして、矯め直してみなさい。それでもやはり、蒙昧が改めがたいなら、士の業をやめさせるにこしたことはありません。器量に過ぎた職にあることは、不覚を取って災いを引き出す元だからです。父や師たる者は、知っておかなければなりません。思いますに、楚語に、「教えがそなわっていて従わない者は、人ではない。その家が興るはずがあろうか」とあり、ちょうど前の条と同じ談です。ただ「武士は分別が多いのを賞すべし」というのは、どういう言い方かと思いますが、また子細のある言葉でしょうか。なるほど、農夫が種をおろし、草を切り、刈り入れるのは、おおよそ村中同じ、職人の墨や曲尺、商人の一割二割といったやり方もそれぞれ工夫が難しくなく、智慮や分別が大きくなくても、そこそこ怠らなければ世は渡れるでしょう。ただ士の業は、あの三つの民(農工商)の上に立ち、天下国家という天職の末にも関わるのですから、実に操行節義が正しく、古今の事変に通じた経済の学から出る分別と機転でなければ、その用に立ちがたいのです。いやしくも自分を行うにしても、農工商の備えが十分でないとは言いがたく、出て使いをする一言であっても、事によっては大事で、君上に関わることがあるからです。それならば、士の子弟がぼんやりして酔ったようなのは、捨て物というのも、いわれのないことではありません。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『徂徠先生答問書』卷上されども白人の了簡には、明細に一つも残不申候を尤と聞請候事和漢一同に候故、多くは人に聞請さすべき為に、紙上の論を明細に認候事有之候。是等は書候人も虚にて認候を、尤と思召候事も可有之候。孔子の御詞に、君子其言也訒と御座候を、其故を尋候へば、為之難と御答被成候。君子の国を治め民を安んずる事はむづかしき事故、よく其わざをなし得たる君子は、心安く埓明候様には申さぬ事と申意にて御座候。誠に世俗の諺に、手たらはずのくちつるぎとやらん申類も、経済の論には多く有之事に候。され共わざはわざの上がよく御座候故、経書計にては国を治むるわざは参兼候事も多候間、見聞を広むる為には、経済の書をも御覧候事学問にて候。学問は只広く何をもかをも取入置て、己が知見を広むる事にて御座候。経済の論共を面白く思召し、直に政務に御取出し候半事は、穴賢御無用と存候。己が知見小きなれば、珍しからぬ事をも珍く思ひ、己が量小きなれば、知りたる事をはや取出して用ひたくなる物に候。是皆うはきの沙汰、若輩なる事に候。此戒め肝要に候。以上。
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