武学啓蒙 / 論・常の心がけと不意への備え
○凡そ、士たるものは、軍學は、もちろん、何ごとも、今、入用なしとて、打棄べからず、萬一かゝることも、あらばなど、夏の葛衣一つにて、足ぬれど、冬の綿續の、用心ある如く、思慮を、めぐらし、かね〱不意を防ぐ心あるべし、もし、わきまへがたきことあらば、師にも質し、同志朋友にも、相談して、是を、せんさくすべし、是皆、おくれをとらざらんとの、わけなり、世の中は、禍福ともに、思ひがけなき、寢耳に、水の入たるやうのことなしとも、云がたし、とかく、常の心がけにて、一人千騎に、あたるはたらきもあり、又一生の恪勤も、一度に滅却するもあり、さてこそ、其心の用ひやうは、人々、知ることなれども、まづ朝夕閑暇なる時も、なんどき君の命召あらんもと、省み、夜行は、云に及ばず、すべて無益の遊行を、戒め、太刀、鎗、弓馬、砲術の、けいこ、怠らず、休める時は、手に書記を、とるやうにし、ものごとに、厚く深く、志ざすべし、かく、ゆだんなければ、氣性、ほかにゆかずして、不善の念、發動せず、身體も、輕便になること、疑なし、昔より云、人の智慧と、人の筋骨とは、つかふに、したがひ、其妙の出ること、頻に汲る井の水の、いよ〱美が如しとぞ、次に、得道具、馬物の具の、置所、艸鞋、足牛、長手拭、細引、ためしなわ、用囊等の、雜具に、いたるまで、乘てより、氣をくばり察し、手にとり、足にて、とぶのみにはあらず、早業と云道あることを、忘るべからず、近くは、妻子、眷屬、譜第のものより、左右周旋のともがらまで、それ〱の法にて、よく勘辨し、出ては、かりそめ、門の出入より、塀際、山沿、川邊、道すぢの大小、迂曲など、眼の及ぶだけ、萬に心の備をなし、盜賊、又火の急なる時も、猥狽ざるやうに、心がくる、是もまた、つねの、かくごと、知べし、
新字:○凡そ、士たるものは、軍学は、もちろん、何ごとも、今、入用なしとて、打棄べからず、万一かゝることも、あらばなど、夏の葛衣一つにて、足ぬれど、冬の綿続の、用心ある如く、思慮を、めぐらし、かね〱不意を防ぐ心あるべし、もし、わきまへがたきことあらば、師にも質し、同志朋友にも、相談して、是を、せんさくすべし、是皆、おくれをとらざらんとの、わけなり、世の中は、禍福ともに、思ひがけなき、寝耳に、水の入たるやうのことなしとも、云がたし、とかく、常の心がけにて、一人千騎に、あたるはたらきもあり、又一生の恪勤も、一度に滅却するもあり、さてこそ、其心の用ひやうは、人々、知ることなれども、まづ朝夕閑暇なる時も、なんどき君の命召あらんもと、省み、夜行は、云に及ばず、すべて無益の遊行を、戒め、太刀、鎗、弓馬、砲術の、けいこ、怠らず、休める時は、手に書記を、とるやうにし、ものごとに、厚く深く、志ざすべし、かく、ゆだんなければ、気性、ほかにゆかずして、不善の念、発動せず、身体も、軽便になること、疑なし、昔より云、人の智慧と、人の筋骨とは、つかふに、したがひ、其妙の出ること、頻に汲る井の水の、いよ〱美が如しとぞ、次に、得道具、馬物の具の、置所、艸鞋、足牛、長手拭、細引、ためしなわ、用嚢等の、雑具に、いたるまで、乗てより、気をくばり察し、手にとり、足にて、とぶのみにはあらず、早業と云道あることを、忘るべからず、近くは、妻子、眷属、譜第のものより、左右周旋のともがらまで、それ〱の法にて、よく勘弁し、出ては、かりそめ、門の出入より、塀際、山沿、川辺、道すぢの大小、迂曲など、眼の及ぶだけ、万に心の備をなし、盗賊、又火の急なる時も、猥狽ざるやうに、心がくる、是もまた、つねの、かくごと、知べし、
書き下し
○凡そ、士たるものは、軍學は、もちろん、何ごとも、今、入用なしとて、打棄べからず、萬一かゝることも、あらばなど、夏の葛衣一つにて、足ぬれど、冬の綿續の、用心ある如く、思慮を、めぐらし、かね〱不意を防ぐ心あるべし、もし、わきまへがたきことあらば、師にも質し、同志朋友にも、相談して、是を、せんさくすべし、是皆、おくれをとらざらんとの、わけなり、世の中は、禍福ともに、思ひがけなき、寢耳に、水の入たるやうのことなしとも、云がたし、とかく、常の心がけにて、一人千騎に、あたるはたらきもあり、又一生の恪勤も、一度に滅却するもあり、さてこそ、其心の用ひやうは、人々、知ることなれども、まづ朝夕閑暇なる時も、なんどき君の命召あらんもと、省み、夜行は、云に及ばず、すべて無益の遊行を、戒め、太刀、鎗、弓馬、砲術の、けいこ、怠らず、休める時は、手に書記を、とるやうにし、ものごとに、厚く深く、志ざすべし、かく、ゆだんなければ、氣性、ほかにゆかずして、不善の念、發動せず、身體も、輕便になること、疑なし、昔より云、人の智慧と、人の筋骨とは、つかふに、したがひ、其妙の出ること、頻に汲る井の水の、いよ〱美が如しとぞ、次に、得道具、馬物の具の、置所、艸鞋、足牛、長手拭、細引、ためしなわ、用囊等の、雜具に、いたるまで、乘てより、氣をくばり察し、手にとり、足にて、とぶのみにはあらず、早業と云道あることを、忘るべからず、近くは、妻子、眷屬、譜第のものより、左右周旋のともがらまで、それ〱の法にて、よく勘辨し、出ては、かりそめ、門の出入より、塀際、山沿、川邊、道すぢの大小、迂曲など、眼の及ぶだけ、萬に心の備をなし、盜賊、又火の急なる時も、猥狽ざるやうに、心がくる、是もまた、つねの、かくごと、知べし、
現代語訳
およそ士たるものは、軍学はもちろん、どんなことも、「今は入り用がない」といって打ち捨ててはなりません。「万一こんなことがあれば」と、夏の葛衣一つで足りても、冬の綿入れの用心があるように、思慮をめぐらし、かねてから不意を防ぐ心があるべきです。もし弁えがたいことがあれば、師にも問い、同志や朋友にも相談して、詮索しなさい。これはみな、後れを取らないためです。世の中は、禍福ともに、思いがけない、寝耳に水が入ったようなことがないとも言いがたいのです。とかく、常の心がけによって、一人で千騎に当たるほどの働きもあれば、また一生の精勤を、一度に失うこともあります。その心の用い方は、人々が知っていることですが、まず朝夕の閑暇なときでも、いつ君の命による召しがあるかもしれないと省み、夜歩きは言うまでもなく、すべて無益な遊び歩きを戒め、太刀・槍・弓馬・砲術の稽古を怠らず、休んでいるときは手に書物を取るようにし、物事に厚く深く志しなさい。このように油断がなければ、気性が外に行かず、不善の念が発動せず、身体も軽く動くようになるのは疑いありません。昔から言うことには、人の智慧と人の筋骨とは、使うに従ってその妙が出ることは、しきりに汲む井戸の水がますます美しいようなものだといいます。次に、得道具や馬具の置き所、草鞋、足牛、長手拭、細引、試し縄、用嚢などの雑具に至るまで、乗ってから気を配って察し、手に取り、足で跳ぶだけでなく、早業という道があることを忘れてはなりません。身近には、妻子や眷属、譜代の者から、左右で立ち回る者たちまで、それぞれの法でよく勘案し、出かけるときには、仮初めの門の出入りから、塀際、山沿い、川辺、道筋の大小の曲がり具合まで、目の及ぶかぎり万事に心の備えをし、盗賊や火事の急なときにも狼狽しないよう心がけること、これも常の覚悟と知りなさい。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
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言志四録・言志後録 第百八十一条 凶歉に予め備ふ五穀の豊歉も、亦大抵数有り。三十年前後に必ず小饑荒有り、六十年前後に必ず大凶歉有り。較遅速有りと雖も、竟に免るる能はず。之が為に予め備へざるべけんや。(癸巳春季筆す)
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説苑・建本豊牆磽下は未だ必ずしも崩れざるも、流行潦至れば、壊るること必ず先んず。樹の本浅く、根垓深からざるは、未だ必ずしも橛れざるも、飄風起こり暴雨至れば、抜けること必ず先んず。君子是の国に居りて、仁義を崇めず賢臣を尊ばざるも、未だ必ずしも亡びざるも、然れども一旦非常の変有らば、車馳せ人走り、指して禍至れば、乃ち始めて喉を干し唇を燋がし、天を仰ぎて歎じ、庶幾わくは天其れ之を救わんと、亦難からずや。孔子曰わく、「其の前を慎まずして其の後を悔ゆれば、悔ゆると雖も及ぶ無し」と。詩に曰わく、「其れ啜りて泣く、何ぞ嗟くも及ばん」と。本を先に正さずして末に憂いを成すを言うなり。
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『春秋左氏伝』成公九年 備へ無きかな冬十一月、楚の子重陳より莒を伐ち、渠丘を圍む。渠丘城惡し。眾潰えて、莒に奔る。戊申、楚渠丘に入る。莒人楚の公子平を囚ふ。楚人曰く、「殺す勿かれ。吾而の俘を歸さん」と。莒人之を殺す。楚の師莒を圍む。莒の城も亦た惡し。庚申、莒潰ゆ。楚遂に鄆に入る。莒備へ無きが故なり。君子曰く、「陋を恃みて備へざるは、罪の大なる者なり。不虞に備豫するは、善の大なる者なり。莒其の陋を恃みて、城郭を脩めず。浹辰の間にして、楚其の三都に克つ。備へ無きかな。詩に曰く、『絲麻有りと雖も、菅蒯を棄つる無かれ。姬姜有りと雖も、蕉萃を棄つる無かれ。凡百の君子、匱しきに代はらざる莫し』と。備への以て已むべからざるを言ふなり」と。秦人・白狄晉を伐つ。諸侯貳するが故なり。鄭人許を圍む。晉に君を急がざるを示すなり。是れ則ち公孫申之を謀りて曰く、「我師を出だして以て許を圍み、將に君を改め立てんとする者の為にして、而して晉の使を紓べば、晉必ず君を歸さん」と。中城に城く。時を書するなり。十二月、楚子公子辰をして晉に如かしむ。鍾儀の使に報い、好を修め成を結ばんことを請ふ。
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『春秋左氏伝』昭公十八年 小国、守りを忘るれば危うし七月、鄭の子產火の故の為に、大いに社を為(つく)り、四方に祓禳して、火災を振除す。禮なり。乃ち兵を簡(えら)びて大いに蒐す。將に蒐の為に除(はら)はんとす。子大叔の廟は道の南に在り、其の寢は道の北に在り。其の庭小なり。期を過ぐること三日なり。除徒をして道の南、廟の北に陳せしめて曰く、「子產女(なんぢ)を過ぎて、速やかに除けと命ぜば、乃ち而(なんぢ)が鄉(む)かふ所に毀て」と。子產朝す。過ぎて之を怒る。除く者南に毀つ。子產衝に及び、從者をして之を止めしめて曰く、「北方を毀て」と。火の作るや、子產兵を授けて陴に登らしむ。子大叔曰く、「晉乃ち討ずること無からんや」と。子產曰く、「吾之を聞く、小國守を忘るれば則ち危うし、と。況んや災有るをや。國の小とす可からざるは、備へ有るが故なり」と。既にして晉の邊吏鄭を讓(せ)めて曰く、「鄭國災有り。晉君・大夫敢へて寧居せず、卜筮走望して、牲玉を愛しまず。鄭の災有るは、寡君の憂ひなり。今執事撊然として兵を授けて陴に登らしむ。將に誰を以て罪せんとする」と。
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『文武訓』武訓下一天下太平なれども、武をわするればあやふし。故に治世にも乱を忘れず、武事をまなぶべし。無事なる時武をならはば、後悔なかるべし。遠き慮なければ、必ず近きうれへあり。乱にのぞみて兵をならふは、渇にのぞんで井を掘るがごとし。